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時代は転換期なのか


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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2017/1/17 4:46
like-mj  一人前   投稿数: 767
今まで、時々話題に上がってましたが...

人という存在は、少なくても3つの
自己矛盾を抱え込んでしまっています

1つは、過去の歴史において
如何に人というモノが残忍になりうるかは
コロッセオという見世物が象徴するように
或いは、紀元前はるかな頃の各地の皇帝レベルの
広大な領域を支配した者たちの
殺し殺されという、あまりにも廃退的状況...

今の人が、無意識にあっても自然に感じる
人でなし...という事が直感的に意味する
自然な感情が、実のところ
第二次大戦後の平和が続く地域の中で
細々と世界規模で芽生えたばかりのモノで...


かつては、そう思う間もないくらいの勢いで
虫けらのように殺されていたのが
私たち普通の人の運命だった...
という歴史上の事実を踏まえる事による矛盾

もう1つは、私たちを含むすべての生き物が
私たちのように、矛盾を抱えてはいても
自由であるかのように感じて生きる存在で
あろうが、なかろうが
すべて、無生物という単純な物理法則に従う
存在が、長い時間をかけて生み出した
1つの系に過ぎないという
荒涼漠とし、精神を廃退させ、生きる希望などに
まるで無関心な、過去の冷酷な歴史など
遥かに越える荒れ果てた現実を抱えているという矛盾

最後の1つは、希望をもたずには生きられない
にも拘わらず、現実を直視しない事には...また
生きられない
生存の基盤の部分で、冷酷な現実を踏まえながらも
その基盤の現実を、払拭するダケの気分が
どんなに弱い心をもった人にも確実に芽生えるダケの
大きな構築物などる作れないという矛盾

せめてもの救いは、多くの人が同じ問題を共有しているダケ
この問題には、一律なやり方はない
その場その場の状況で、関わっている人のコダワリの次元も
様々だし、性格も様々...
1つの組織に属しているっていう現実からでないと
話しは始まらない

それに、そういう組織自体を、どうこうスルってレベルの
話しなどにあっては、僭越すぎて、話しなどできない
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