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金持ちの憂鬱、唯物論の悪夢

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2015/7/16 5:53
like-mj  一人前   投稿数: 768
以前、folomy時代から
【みっちゃん】さんというバチカンに招待された
ほどの真理を自己表現しえた女性が
ここにも顔を出されましたが…

最近、ネットでも話題のNew World Orderという
世界を裏で支配するルシファー信仰の本質を語る上で
金持ちの憂鬱や、マルクスの悪夢
という問題は重要です
つまり…
人自身が、かつて古典音楽
バッハやベートーベンやモーツァルトが表現しようと
したような生き生きとして生きる意味を見いだせる
存在として君臨できる考えが成立する根拠を
思想に求めるなら…

力をもった現実に存在する者たちが
神のように実際に振る舞える事を実力で示すしか
ないでしょう
このようにして創造された世界は
虫けらのような決して意識的に神に達する事のできない
一般大衆にとっては、与えられた神々のなす背景に
過ぎないモノでしかありません

こうした現実は、理屈ではありません
現実なのです
現実を創生する意志になど、一般大衆は
決して到達できないが故に、そこには神々の現実の
隠された姿があります

それでも、彼らがルシファー信仰という形態に
ならざるを得ない所に、彼ら自身も人である儚さが
見えてしまいます
その意味で、ルシファーというのも
彼らにとって作られたモノ以上のモノでは
あり得ない訳です

真に大衆が目覚める事があって
そうした事態が持続可能な意志の下に継続するなら
そうしたルシファーは、堕天使から天使に変貌を
遂げるという意味が読み解けます

つまり、無自覚な大衆に対する継続した挑戦に
なっている訳です

なぜ、それほどまでに急ぐのか
それは、彼らが人としての寿命をもっているからです

こうした世界の構造を作る事ができるという事実だけが
この世に限定された生を受けた人、という存在が
儚さを超え、肉体に拘束される意味を越える
関係性を一般大衆との間にもつのであって

もし、彼らが大衆の側にあるのなら
世界は混沌としたままです

つまり、最終的鍵は、大衆が握っているのです

過去において
そうした支配者たちは、言語を創生し
度量衡制度を確立するという大事業を成し遂げた訳ですが

そうした基本的事業に
もうやり残しなどないのです

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2015/7/17 23:56 | 最終変更
like-mj  一人前   投稿数: 768
決定的な点は、彼らが一般大衆との関係で
ルシファーたる事を望むのは…
現実的具体性をもって、任意の存在上に君臨する
方法は、存在に対し、非存在を対置する事でしか
なしえないからで
存在を消滅させる以外に、その関係性の
世俗性を真に越えられません
つまり、彼らは具体性の中に生きる者では
ないという点で、有限な一般大衆の世界上で
解釈すれば、精神的異常性をもつ者であり
しかしながら、現実的な力関係の優位性によって
更生させるどころか、一般大衆は彼らの
隠された意志の下にくだらざるを得ないのです

残念ながら、人類誕生以来
こうした世俗性を超えようとする力をもった
一部の者たちの、一般大衆からすれば妄想とも
言える考えがなければ
いま普通に持ち合わせている人類の属性の
すべての基盤は失われてしまいます

こうしたパンドラの箱を開けるにも等しい
一般大衆という、タダお互いを気遣い
無事に今日一日が終える事だけを願うような
慎ましさの中から、どうやって
言語を作ろうなどとか
度量衡制度の広域に渡る統一などという
考えが生まれるでしょうか

一般大衆を虫けらのような動く駒のように
認識できる考えがなければ出来ない事です
ハナッから住む世界が違う訳で
彼らから力を剥奪し、一般大衆の中に
放り込めば一日たりとも生きれるものでは
ない程の裸の彼らは弱い存在であるのです

しかしながら、この力関係が逆転する事が
決してないのは、彼らは隠された存在だからであり
彼らの意図は、普通に考えてありえない展開であるため
普通に理解できる範囲で因果関係を理解してしまう
から見えて来ないのです
まさか人が、平気で人を殺せるモノだなどと
誰が考え得るでしょうか

なぜ、一般大衆が、そう思えないのかは
明らかに、彼らも同じ親から生まれた人である限り
自分自身の死を、他人の死から連想できるに違いない
と思うからですが…

だって、そんな人を人とも思わぬ親子関係が
上手く機能して、代々世代を継続できるなんて
どうして想像できますか
ヘタしたら、親である者が子によって始末されちゃったり
平気で子を殺すような世界じゃないですか
それって…

残念ながら、日本の過去の歴史にも
そうした世界があるのは、ご存知の通りです

私たちが、心安らかにいられるのは
周囲の大抵の一般大衆の考えと、もっとも核心的部分で
共通する考えがあると思えるからです
決して彼らのようには、なれないし、なりたいとも思いません

でも、この当たり前の世界でも
権力の中枢に近づけば近づく程、人である事を
放棄できなければ、その場にはいられない
そういう構造が出来上がっていると思います
その中で唯一の救いは
自らの手足を動かして成し遂げられる技 (ワザ)
を数多く保有している事ではないかと思います
そうした技は、あらゆる生産の基盤をなす
前向きなモノであるだけでなく
この自分自身のカラダと連動し、世界とつながる
健全な実感を伴う、人として生きる根源のような
関係がソコには存在します
最終的な精神の健全さは、ソコに求めるしかないと
思われます

逆に、そうした技の数多くを
使えないようにしてしまえば、殺されたも同然であり
老人から生きる力を奪い取るのも、この部分です


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