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Atiyahの数学について

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  • なし Atiyahの数学について (like-mj, 2013/11/3 22:55)

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like-mj

なし Atiyahの数学について

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/11/3 22:55
like-mj  一人前   投稿数: 768
彼は、基本的にはTopologistなんだと
思う訳ですが...
代数のもつ表現の意味を深く考え抜き
物理現象がもつ『数学的関係性の全体図』を
表現する多様体という構造上に
大域的性質と局所的性質の関係性を
描いて見せた訳ですが...

Einsteinが時空の幾何学を物質が決める
運動法則を作ったように
物理では、Galireoの時代から
2つの方向からの存在の性質を等価と考える
ことによって運動を記述して来た訳です
その方向性の違うモノを等価と考える事は
とても重要な考えで...
コレを証明する事は、数学的に
すべてを論理的に等価とスル証明では
実現できません

数学の証明は、幾何にしろ代数にしろ
そこに共通する構造を見つけない限りは
等価であることは証明できないと思います

言いたい事が逸れてしまいましたが...
Atiyahの『Geometry of Yang-Mills fields』
なんかを見て思うことは...
そうした関係性の核心ダケを捉えようとする
気分なんですね
Geometry of Space Timeを理解するにも
彼の記述には、あのテンソルの添字の面倒な
記述など、ドコにも見られませんが...
ソレと等価な内容であって、同時に
他の概念と深く連動する単純な形式を
使っている訳で...
こういう考えって本来の物理の考えじゃ
なかったのかって思えるようなモノです

共変性とかの代数的本質を考え抜いた
彼だからコソの表現と思います
大事なのは添字の規則なんかには無いって
事ですからね

数学でさえ、その全体図を捉えようとすれば
斯様に、代数の表現に本質を込めずには
関係性の全体図など見えて来ないって事
でしょう

ましてや物理は、数学には存在しない
『運動』というモノをテーマにする訳
ですから、そうした道具立ては
単純な形式であるベキなのは、あまりにも
当然過ぎて話しにならぬくらいと思います

久しく物理から、この『運動』という
言葉を聞かなくなっていますが
ポアンカレ群の規約表現というモノの
分類には、関わっているようです
素粒子の分類問題にあるような
対称性の群は、運動というよりは
運動の保存量での分類って気がしますね
それによって、Quarkの存在が予言されたり
はした訳で、さらには
すべての力を同じ土俵で表現する
ゲージ原理によって、リー群は多様体の
大域構造へと接続されるんでしょうが
そこにアルのは、運動じゃありませんね
運動を考えたら、超弦理論のような
モノを考えるしか無いんでしょうが...

Atiyahが多様体でやった事は
量子力学で決定的となった量的関係を
規定する新しい数学的関係でアル
作用素というモノ、とくにDirac作用素
というモノに注目し、ソレが
数学的な関係を見極める土俵である
多様体上に、どう働き、どういう構造的関係
をソコに展開しうるかを見極めた点にあると
思います

Hilbert空間なんかは、その多様体の
局所的構造に過ぎないモノとして登場します

つまり、作用素の問題を
Hilbert空間の線形写像として捉える発想
ではなく、もっと広い数学的構造である
多様体全体に働くモノとして理論構築
している訳で...
ここに、Atiyahの見極めがアルんですね
そういう考えは、ゲージ原理も関係して
いるのかも知れませんが
物理量として意味がアルとかナイという
話しとは別の発想がありますが

数学としては、なるほどと言える考えと
思います
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