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(129) Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年03月27日(日) 19時23分

※これは【理科】小中高の理科質問箱9740 の悟空さんの発言へのコメントです※
悟空さん、こんにちは。

>ホントの色って,色見本がそうであるように,万人共通でしょ.ホントの色が万人共通なら,万人がそれと同じように見える色には,全く個人差がない,ということになりますね.ですから,ホントの色を,万人がホントの色と,万人が,ホントの色と同じ色をホントの色と同じ色として「共通に」認識しているのです.

色見本帳の色とまったく同じ色に見える物体があったとして、
しかし可視光線に対する属性は色見本帳とは異なる、という
モノがありそうです。分光分析とかしてみると微妙に違うとか。
あるいはイルカさんの挙げた黄色の例のようにまるでスペクトルが
違うとか。

見分けがつかないなら同じ色(同じ物理状態)という論法には
無理があると思います。
え、そういう意味じゃない?
(^^;)

>(むろん,万人が「同じ色」を万人にとっての「同じ色」として認識する「脳内」の「メカニズム」は未解決の問題が多いし,あらゆる生命に個体差があるごとく,個人差も当然あっていいのです.ホントの色が「万人共通の」物理状態である,ということがはっきりすれば,あとは,差異識別能力の個人差(個体差)が問題にできるでしょう.)

なんだそうか。「万人共通」ということばに
悟空さん自身も引きずられていただけでしたか。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年3月27日(日) 18:55記



(133)  (Re:129)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月02日(土) 14時11分

ライプニッツは,庭園の中で一枚の木の葉を示し,この木の葉と全く同様な木の葉は,世界中にただひとつもないだろう,といったのです.実際,どんな木の葉でも,細部までみると「必ず」違いがあります.しかし,わたしたちは,同一の木には,同一の木の葉がついている,と思っているのです.それが「自然の原理」だからです.

どんな人間でも個性があり,細部には違いがあります.しかし,同じ権利をもつ同じ人間である,といわれるのです.それが「自然の原理」だからです.



(138)  (Re:133)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月02日(土) 18時41分

悟空さん、イルカです。
>ライプニッツは,庭園の中で一枚の木の葉を示し,この木の葉と全く同様な木の葉は,世界中にただひとつもないだろう,といったのです.
 はなしをそらさないでください。

 緑の葉っぱを絵の具を使って、まったく同じ色に見えるように描いても、葉っぱの色と描かれた葉の色は違うという意味ですよ。

 もちろん色の定義として、「物体の表面の光に対する性質」を採用していただいた上ですが・・・


____________イルカ_________________



(144)  (Re:138)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月03日(日) 13時30分

>緑の葉っぱを絵の具を使って、まったく同じ色に見えるように描いても、葉っぱの色と描かれた葉の色は違うという意味ですよ。

それは明らかに論理矛盾です.全く同じ「色」に「見える」のに,実は違う「色」だとは,同一に「見えて」実は同一でない色が「ある」といわうけで,ハッキリと矛盾します.「緑」に見える「色」でありながら,実は「真の緑」でないような「真の色」というモノがあるはずないでしょ.

あなたが言ってることは,小学生が描いた葉っぱの絵は「嘘」だということで,それがそもそもの間違った発想法です.小学生は,あくまで「自然の真実」を写し取ろうとしているのにねぇ.まったくヒドイ話しです.

>もちろん色の定義として、「物体の表面の光に対する性質」を採用していただいた上ですが・・・

これは「一歩前進」として,評価させていただきました.しかし,今だに不十分だ,と思います.

私にとって一番妥当と思える色の定義は,「色現象とは,(R,G,B)値で表現される心理的(あるいは生理的)現象であり,その色刺激は,同一の(R,G,B)値に対応する光のスペクトル・パタンの「クラス」によって引き起こされる」というものです.



(157)  (Re:144)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月07日(木) 02時30分

桑嶋です。

悟空さんが#133でライプニッツを持ち出したのは、万人共通という話に対する
コメントとしてですね。色もそうかもしれませんが、葉脈の違いとかも含んで
の話だと思います。だから、別に話をそらしているわけではありませんね。

一方、イルカさんの発言
>緑の葉っぱを絵の具を使って、まったく同じ色に見えるように描いても、葉っ
>ぱの色と描かれた葉の色は違うという意味ですよ。

に対しての、悟空さんのコメントですが、

>それは明らかに論理矛盾です.全く同じ「色」に「見える」のに,実は違う「
>色」だとは,同一に「見えて」実は同一でない色が「ある」といわうけで,ハ
>ッキリと矛盾します.「緑」に見える「色」でありながら,実は「真の緑」で
>ないような「真の色」というモノがあるはずないでしょ.

ここは話の流れから、イルカさんの#138の行間を読み取る必要がありますね。
自分はイルカさんの話は下記のように理解しました。というか、まずは、こ
のように理解しておくのが妥当だと思います。

・Aさんが、緑の葉っぱを、まったく同じ緑に見えるように絵の具で描いた。
・Aさんが、見ると、実物の葉っぱの緑と、絵の葉っぱの緑は同じに見える。
・Bさんが、見たら、実物の葉っぱの緑と、絵の葉っぱの緑は違う色味に見
 えるかもしれない。
----
前回、三原色で私たちが見ている色を再現できるという話をしましたが、こ
こで、三原色だけでは私たちが見ている色が再現できないという例を示して
おきます。

例えば青緑(シアン)の単色光(波長490nm)です。青緑(シアン)
は、三原色の青と緑で作ることができます。ところが、この合成した青緑
の光は、単色光の青緑のように鮮やかに見えないんです。RGBで作った
青緑の光は、青緑の単色光に赤色光を混ぜたように見えます。

青緑の単色光+R=G+B

これから、

青緑の単色光=G+B−R

です。しかし、これはおかしな式ですね。そこで考えられたのが、XYZ
とかL*a*b*という表示系です。

イルカさんの言われている
>緑の葉っぱを絵の具を使って、まったく同じ色に見えるように描いても、葉っ
>ぱの色と描かれた葉の色は違うという意味ですよ。

が上述のような話である可能性もあります。



(202)  (Re:157)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月09日(土) 15時22分

>例えば青緑(シアン)の単色光(波長490nm)です。青緑(シアン)
>は、三原色の青と緑で作ることができます。ところが、この合成した青緑
>の光は、単色光の青緑のように鮮やかに見えないんです。RGBで作った
>青緑の光は、青緑の単色光に赤色光を混ぜたように見えます。

青+緑は,なぜ青緑に見えて,赤+緑=黄,のように「原色」にみえないのか,という問題は有名な「普遍的事実(万人に共通に感覚される事実)」話です.おっしゃることは,万人共通に感覚される心理的事実です.

ですから,それに対応するような「普遍的な・しかも(R,G,B)値に対応させられるような・色彩感覚『モデル(模型)』」を考えるのであって,最初から「個人差」を云々するような話ではないでしょう.



(205)  (Re:202)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月09日(土) 15時40分

桑嶋です。

>ですから,それに対応するような「普遍的な・しかも(R,G,B)値に対応
>させられるような・色彩感覚『モデル(模型)』」を考えるのであって,最初
>から「個人差」を云々するような話ではないでしょう.

個人差について話をはじめると、本質が何なのかわかりにくくなりますね。

ただ「本当の色とは?」という質問に対して、個人差について述べる回答
は出てきやすいのも確かです。例えば、「わたしが見ている赤色とあなた
が見ている赤色は、たとえ同じリンゴを見ていても、少し違う赤色に見え
ているのかもしれない」というような話です。ちょっと小学生には難しい
ですね。



(209)  (Re:205)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月09日(土) 16時09分

もう一つ忘れてならないのは,単なる個人差を「異常」であるとか,「病気」であるとか,恣意的に位置づけてはならない,ということです.

今回の話は,もともと,「赤」を「緑」と認識するような「トンデモナイ個人差がありうる」という類の「全く・非・常的」な議論からはじまったのです.



(217)  (Re:209)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月09日(土) 16時35分


>今回の話は,もともと,「赤」を「緑」と認識するような「トンデモナイ
>個人差がありうる」という類の「全く・非・常的」な議論からはじまった
>のです.

確か、赤と青でしたよね。例としては極端でしたが、自分はどのようなこ
とをおっしゃっているのかはわかりました。ですから、混乱のきっかけに
はなりましたが、全くの非常識な議論とまでは思っていません。



(258)  (Re:217)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月10日(日) 11時03分

・「赤」信号を「青」信号と言い張るのは明らかに非常識です.

・「赤」信号は「実」は「青」信号に見えているのだが,それが,さらに「実」は「赤」信号と認識されてようやく車は止まるのだ,と説明することが果たして科学フォーラムでやるような議論でしょうか.これは明らかに「あたりまえ」の常識(「赤」は人間の共通感覚であるコト)を全くの非常識で説明するだけの,二重の非常識でしょう.

・その二重の非常識をなんらの非常識と思わないのは,三重の非常識かもしれませんね.



(285)  (Re:258)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月10日(日) 15時55分

>・「赤」信号を「青」信号と言い張るのは明らかに非常識です.

 日本語を正しく読んでその上でコメントしましょうね。その文章が書かれている部分を示してください。でないとこれを読んだ人は「「赤」信号を「青」信号と言い張った人がいる」と誤解します。

>・「赤」信号は「実」は「青」信号に見えているのだが,それが,さらに「実」は「赤」信号と認識されてようやく車は止まるのだ,と説明すること

 だれがそのように説明しましたか?自分の読解力の間違いを持って

>・その二重の非常識をなんらの非常識と思わないのは,三重の非常識かもしれませんね.

 と非難するのは止めましょうね。

____________イルカ_________________



(289)  (Re:285)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月10日(日) 17時11分

みなさん、こんにちは。

わたしには、みなさんのおっしゃっていることが誰もが一応正しいことを言っているように感じてしまいます(^^;

でも、私が正しいのかな、と思ったのは悟空さんの説です。人間は皆、光の波長別に赤、緑、青と呼ばれているところの、3つの光センサを持っており、赤のスペクトルをもった物を赤と呼ぶという情報を生活していく中で学べば、赤を青や、緑と間違えるはずがないと、言いたいのだと思いました(記憶忘れや、勘違いは除く)。

でもこういう知識が無い人は赤を青と認識する人がいるのではないか、という疑問もあり得るのではないかとも、思います。



(295)  (Re:289)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月10日(日) 19時07分

桑嶋です。

かねやんさん、こんばんは

話の発端は【理科】の部屋の下記の質問です。#9464
http://bbs.com.nifty.com/mes/cf_wrentT_m/FCHEM_B038/wr_sq=FCHEM_B038_0000009464

赤が青に見えるという話は次の発言がきっかけになっています。#9469
http://bbs.com.nifty.com/mes/cf_wrentT_m/FCHEM_B038/wr_sq=FCHEM_B038_0000009469

赤が青に見えるという話は続けるのはやめた方が良いと思っています。



(297)  (Re:295)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月10日(日) 21時38分

桑嶋さん、こんにちは。

>話の発端は【理科】の部屋の下記の質問です。#9464
>赤が青に見えるという話は次の発言がきっかけになっています。#9469

#9464,#9469を読ませていただきました。
#9464は、どのような内容の記事を読んで、こういう質問になったのか不明ですが、ある意味素朴な質問ですね。

#9469は非常に難解(哲学的?)で、私には良く理解できませんでした。
Bさんが見ると(A君の感覚でいう)「青い色」と認識するかも知れません。
というくだりは、赤の波長を、青の波長と認識するという意味?
全部読めば、もっと理解できるのかも知れませんが、ちょっと勘弁したいです。


>赤が青に見えるという話は続けるのはやめた方が良いと思っています。

本質論なら歓迎ですが、言葉尻をどうこう書いてあるのを読むのは閉口します。



(311)  (Re:297)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月11日(月) 16時59分

みなさん、こんにちは。
遅ればせながら、【理科】小中高の理科質問箱の#9464「本当の色」を昨日、最初から読み始めました。
とりあえず、#9566まで読み進め、疲れてきたのでストップしました。

質問者の年齢がわかりませんが、質問内容からすると、色に関する知識をあまり持っていない方だろうと推測されます。それにしては、コメントが難しすぎますね。そして、質問者を置き去りにして議論が進んでいます。誰かが書かれてましたが、質問者はびびってしまいますね。

#9566以降も一応読むつもりです。



(316)  (Re:311)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月11日(月) 21時14分

みなさん、こんにちは。

桑嶋さんが、#315「光と色について」という新しいツリーの元を作られましたね。

ということで、
>#9566以降も一応読むつもりです。

読み進めることにより、今回のような事態になった原因が見えて来つつあり、そのへんのことを書いていこうと思ってましたが、やめました。
読むことはやめないこも知れませんが、その内容についてのコメントを書くことはやめます。



(317)  (Re:316)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月11日(月) 22時43分

みなさん、こんにちは。
先ほどの書き込みの補足です。基本的には、ここを見始めた4/18以前の書き込みについて、コメントはしませんが、それ以降の発言には、どんどんコメントしますし、駄文もどんどんアップしますので、お付き合いのほどよろしくお願いします。



(290)  (Re:285)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月10日(日) 17時42分

> 日本語を正しく読んでその上でコメントしましょうね。その文章が書かれている部分を示してください。でないとこれを読んだ人は「「赤」信号を「青」信号と言い張った人がいる」と誤解します。

赤色が青色に見えるというのを言い方を変えたに過ぎないです。不毛な言い合いはやめましょうよ。



(293)  (Re:290)
Re2: ゲーテの反論
YASU
2005年04月10日(日) 18時07分

290へのコメント
みなさん こんばんは、YASUです

とりあえずかねやんさんのコメントに付けますが、一連のツリーに関してです。

私も不毛な議論にしか見えない投稿が多いと感じている一人です。

引っ込みが付かないから、あるいは引っ込めと言う意味での反論のコメント合戦としか思えないものが多のではありませんか?

コメント合戦そのものを楽しまれるとしても、そろそろもう十分ではないでしょうか?


=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
YASU
Eメール: JBG01414@nifty.ne.jp  & yasuki@pluto.dti.ne.jp
HomePage:http://www.pluto.dti.ne.jp/~yasuki/
Accessed by CmnBt + CMN Ver 0.49hβ



(318)  (Re:290)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月11日(月) 23時37分

かねやんさん

>赤色が青色に見えるというのを言い方を変えたに過ぎないです。不毛な言い合いはやめましょうよ。
 「言い方を変えた」のではないです。「不毛な」はその通りかも。

 この話題は将来登場するかもしれませんので今は詳しく言いませんが、極簡単に。

 この二つの文章とは意味するところがまったく異なるのです。

 「A君にとっての青色を見たときの脳内の視覚野の興奮パターンと、Bさんが赤色を見たときの視覚野の興奮パターンが同じであっても、その興奮を「赤」と学習していれば赤色というので会話的にもまったく問題がない」という意味をちょっと稚拙な(申し訳ない)言葉で表現されたのでしょう。(そうしないと文章全体の意味が矛盾しますというかそう取るしかない)

 これと「「赤」信号を「青」信号と言い張る」は意味が違いますね。

 だって、文章の後段で、A君もB君も「A君は「リンゴ」を見て・・「赤」といい、Bさんは同じ「リンゴ」を・・「赤いリンゴ」といいます。」ですよ。二人とも「赤」だと言い張るでしょう。

 「青」を「赤」と言いはっている、そう取れる部分はないです。国語の問題ですからこれでおしまいにして良いですね。それこそ不毛になってしまう。


____________イルカ_________________



(319)  (Re:318)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月11日(月) 23時53分

イルカさん、こんにちは。

> 「言い方を変えた」のではないです。「不毛な」はその通りかも。
> 「A君にとっての青色を見たときの脳内の視覚野の興奮パターンと、Bさんが赤色を見たときの視覚野の興奮パターンが同じであっても、その興奮を「赤」と学習していれば赤色というので会話的にもまったく問題がない」という意味をちょっと稚拙な(申し訳ない)言葉で表現されたのでしょう。(そうしないと文章全体の意味が矛盾しますというかそう取るしかない)
>
> これと「「赤」信号を「青」信号と言い張る」は意味が違いますね。

うーん、、、、深く文章を読んで、書き込み者の立場に立ち、さらに善意に解釈すれば、そうかも知れませんが、そうとらない人がいる可能性はあると思います。別々の意味でとらえた同士が議論して、自分の意見ばかり主張すれば、平行線のままで議論が収束するはずはないと思います(今後も)。そのへんをうまくやっていきませんか?
わたしも、あまり深く読まないで、つい感情で書いた面はあり、反省しています。

> 「青」を「赤」と言いはっている、そう取れる部分はないです。国語の問題ですからこれでおしまいにして良いですね。それこそ不毛になってしまう。

はい、この件はおしまいにしましょう。



(321)  (Re:319)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月11日(月) 23時59分

すみません、書き漏らしました。

>うーん、、、、深く文章を読んで、書き込み者の立場に立ち、さらに善意に解釈すれば、そうかも知れませんが、そうとらない人がいる可能性はあると思います。

そうとらなかった一人に私も含まれてます(^^;



(322)  (Re:321)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月12日(火) 00時57分

私は若かりし頃・・・今より前はいつでも若い

同じ問題で随分考えたことがあるので、言いたいことがピンときただけです。

____________イルカ_________________



(352)  (Re:322)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月16日(土) 16時05分

「青」を「赤」と感覚するヒトがあって,それが他人には「わからない」とすれば,それこそ,正常人を異常人と言い立てるだけの非常識だ,と考えなかったとしたら,それこそは「たんなる非常識」じゃないだろうか.

こうした類の発言を,「宗教系フォーラム」で目にしたことがある.それは,人間の感覚の,知識根拠としての正当性を否定する発言だった.つまり,世界の真理は理性,つまりココロによってしか到達できない,というのが感覚の知識根拠としての否定論だ.それは,私たちの世界を感覚するその確実性の否定であり,それは,常識の根拠である私たちの感覚や経験の否定だ.

すくなくとも,あらゆる人間は,共通の世界を,共通に感覚し,そして経験している,という前提が崩れたら,科学的真理とは,たんなる宗教的な共同幻想であり妄想になってしまうだろう.



(351)  (Re:318)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月16日(土) 16時04分

>「A君にとっての青色を見たときの脳内の視覚野の興奮パターンと、Bさんが赤色を見たときの視覚野の興奮パターンが同じであっても、その興奮を「赤」と学習していれば赤色というので会話的にもまったく問題がない」という意味をちょっと稚拙な(申し訳ない)言葉で表現されたのでしょう。(

自分の文をよく読み直してごらんなさいませ.これまたメチャクチャな話ですよ.メチャクチャをイカサマ論理的に説明するから,さらにメチャクチャな話になってしまう.

「赤」の脳内の興奮パタンに個人差があって,しかもそれがたまたま,A君において「青」の興奮パタンと「同じ」だ,と主張するわけだが,すると,他の色のパタンはどうなるんだろうねぇ.「もし」それがホントだったら,何が起こるか考えてごらん.

「もし」仮にせよ,「青」を「赤」に認識するヒトがいたら,交通事故は続発し,日常生活はメチャクチャになるだろう.「もし」隣人が,自分と「まったく同じように」感覚している人間では「ない」としたら,人間同士の信頼関係は一体どうなるだろう.そうした「もし」こうした妄想が現実になったとしたら,という「宗教的・恐怖」を感じないのだとしたら,まったく非常識といわざるをえないね.

要は,正常人をつかまえて,わざわざ「脳内パタン異常人」に仕立てあげているだけの話であり,架空にせよ,それは人体実験であり,それこそ差別発言以外の何ものでもないだろう.



(376)  (Re:351)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月17日(日) 00時32分

悟空さん、こんにちは。

>「もし」仮にせよ,「青」を「赤」に認識するヒトがいたら,交通事故は続発し,日常生活はメチャクチャになるだろう.「もし」隣人が,自分と「まったく同じように」感覚している人間では「ない」としたら,人間同士の信頼関係は一体どうなるだろう.そうした「もし」こうした妄想が現実になったとしたら,という「宗教的・恐怖」を感じないのだとしたら,まったく非常識といわざるをえないね.

「青」を「赤」に認識する
という話は誰もしていないと思います。

隣人が異教徒だったら怖い、
異星人だったら怖い、
とかいう話はまた別のことかと。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月16日(土) 23:32記



(392)  (Re:376)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月17日(日) 10時19分

もともとの話が,そういことだったし,それをあらためて蒸し返そうとするご仁もいらっしゃいますね.



(413)  (Re:392)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月17日(日) 13時35分

悟空さん、こんにちは。

>もともとの話が,そういことだったし,それをあらためて蒸し返そうとするご仁もいらっしゃいますね.

ああ、「認識」の定義が違うんですね。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月17日(日) 13:26記



(424)  (Re:413)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月24日(日) 10時23分

>「認識」の定義

をキチンとせずに,妄想だけで話しをしてるから混乱してるのです.



(429)  (Re:424)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月24日(日) 10時50分

悟空さん、こんにちは。

>をキチンとせずに,妄想だけで話しをしてるから混乱してるのです.

ああ、やっぱり
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月24日(日) 10:34記



(350)  (Re:285)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月16日(土) 16時03分

「一般常識」すら理解できないとは,全く困ったものですね.

ヒトの間違いを指摘する場合は,キチンとそれを引用し,それが一般論であれば,それへの「反・例」をあげるか,または,そのヒトの論理矛盾を「正当な根拠をあげて」指摘すべきです.

「言った」,「言わない」の議論は,「最・悪」ですよ.



(416)  (Re:350)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月19日(火) 15時28分

悟空さん、こんにちは。

>ヒトの間違いを指摘する場合は,キチンとそれを引用し,それが一般論であれば,それへの「反・例」をあげるか,または,そのヒトの論理矛盾を「正当な根拠をあげて」指摘すべきです.

と主張する悟空さん自身の発言(350)には、引用が無かったり。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月19日(火) 13:02記



(423)  (Re:416)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月24日(日) 10時23分

スレッドとは,あえて引用しなくてもすむ「しくみ」でしょ.



(430)  (Re:423)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月24日(日) 10時51分

悟空さん、こんにちは。

>スレッドとは,あえて引用しなくてもすむ「しくみ」でしょ.

そーなの
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月24日(日) 10:35記



(225)  (Re:209)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月09日(土) 16時51分

イルカです。
>もう一つ忘れてならないのは,単なる個人差を「異常」であるとか,「病気」であるとか,恣意的に位置づけてはならない,ということです.
>
>今回の話は,もともと,「赤」を「緑」と認識するような「トンデモナイ個人差がありうる」という類の「全く・非・常的」な議論からはじまったのです.

 単に読解力の問題ではないかと。

 違います。

9469.Re:本当の色 リリーマルレーンさん
>例えば、A君が「リンゴ」の赤い色を見た時に「赤い」と認識し、同じ「リンゴ」をBさんが見ると(A君の感覚でいう)「青い色」と認識するかも知れません。でもBさんは『その色のことを「赤色」というんだよ』と教えられているので、「赤いリンゴ」と言います。
>・・・・中略・・・
>結局、本人がどのような色彩に見えているのかは、他人からは全くわからないものの、コミュニケーションは正しく成立しています。


 確かに、字浮きの文章で、「認識」という言葉は不適切と言われても、しょうがない部分はありますが、論点は「本人がどのような色彩に見えているのかは、他人からは全くわからないものの、コミュニケーションは正しく成立しています。」ですね。

____________イルカ_________________
 [理科]小中高生の理科質問箱 ・ [日常]日常の科学【理科父母】
 ̄ ̄ ̄ ̄[化学の広場]/[物理フォーラム]/[サイエンスフォーラム]共同運用になりました。 ̄ ̄ ̄

個人
個人(@nifty)



(256)  (Re:225)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月10日(日) 11時03分

>他人からは全くわからないものの

もしあなたの擁護するものがそれだったら,もっと「悪い」ことです.

他人から「全く」わからないものが「ある」ということが,いかに非科学的であり非・常識であるか,ですよ.理科とは,すべての自然の事物の現象を理解することを目指すのに,「全く・わからない」とは,それに神さまの視点を持ち込んで,単なる宗教的神秘を教えるものにするに他ならない.

「あなた」の「全くわからない」はずの思想は,今や,万人の目にさらされていることに気づくべきでしょう.



(286)  (Re:256)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月10日(日) 15時55分


>理科とは,すべての自然の事物の現象を理解することを目指す

 では理科は「すべての自然の事物の現象を理解」しているのですか?
 だとしたら勉強する必要はないし、科学者も要らない。
「すべての自然の事物の現象(が理解できないから、それ)を理解するための手法」が科学であり理科なのでは?


____________イルカ_________________



(294)  (Re:256)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月10日(日) 18時38分

悟空さん、こんにちは。

>他人から「全く」わからないものが「ある」ということが,いかに非科学的であり非・常識であるか,ですよ.理科とは,すべての自然の事物の現象を理解することを目指すのに,「全く・わからない」とは,それに神さまの視点を持ち込んで,単なる宗教的神秘を教えるものにするに他ならない.

自分の中に「自分で分かる部分」と「自分では分からない部分」がある、
他人が自分を観察したとき「分かる部分」と「分からない部分」がある、
その組み合わせで、4つのパートに分類できる。

というのを小学校くらいのとき習った気がします。中学か?

悟空さんはそれが「非常識」「非科学的」だと主張なされて
いるのでしょうか?

あるいは、いずれ科学が進歩すれば全てが明らかになるはずだ。
という主張でしょうか?
科学万能主義というか人類補完計画みたいに感じました。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月10日(日) 18:00記



(275)  (Re:225)
科学的であることの4つの条件
悟空
2005年04月10日(日) 13時11分

1)公有性(communality)
2)普遍性(universality)
3)私的利益からの解放(disinterestedness)
4)組織化された懐疑主義(well-organized skeptism)

「あなた」の議論は,このいずれにも全く該当しない.まず,人間がもつ公共的知性であるところの常識,そしてその共通的知性が成立する基盤である共通感覚すら否定し,「自分だけの世界=『独・我』論的世界」を作り上げ,その理解する主義主張のみが正しいと言い張ろうとするところから,「あなた」の議論は始まっているのではなかろうか.



(238)  (Re:209)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月09日(土) 22時03分

悟空さん、こんにちは。

>もう一つ忘れてならないのは,単なる個人差を「異常」であるとか,「病気」であるとか,恣意的に位置づけてはならない,ということです.

単なる個人差の話を、「差別」に結びつけていたのは
ほとんど悟空さんの発言のような気がします。過剰な
拒絶反応のような気が、私はしました。

>今回の話は,もともと,「赤」を「緑」と認識するような「トンデモナイ個人差がありうる」という類の「全く・非・常的」な議論からはじまったのです.

脳内の認識のしくみは、まだ分かっていないことが
かなり多いと思います。そういう状況下での極端な
可能性を論ずることは「非常識」とは思いません。

むしろ「非常識だ!」などという非難でソレを封じよう
とすることは非科学的態度だという気がします。
今の常識(という思い込み)に縛られているという
気がしますので。


  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月9日(土) 21:44記



(246)  (Re:238)
Re: ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月10日(日) 05時12分

桑嶋です。

>単なる個人差の話を、「差別」に結びつけていたのは
>ほとんど悟空さんの発言のような気がします。過剰な
>拒絶反応のような気が、私はしました。

私もそう思ったうちの1人です。別に色覚の異常について言及するために
赤と青という例が出てきたわけではありませんので。



(257)  (Re:238)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月10日(日) 11時03分

ご意見は拝聴いたしますが,


>他人からは全くわからないものの、コミュニケーションは正しく成立しています。」

「他人から『全く・わからない』」と,しかも「コミュニケーションが『正しく』成立している」が両立すると思うほうが余程「非・常識」でしょうね.



(296)  (Re:257)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月10日(日) 19時16分

悟空さん、こんにちは。

>「他人から『全く・わからない』」と,しかも「コミュニケーションが『正しく』成立している」が両立すると思うほうが余程「非・常識」でしょうね.

「わたしの常識、あなたの非常識」なんてのを思い出しました。
(^^;)

他人が、と言うよりむしろ人間がどのような脳内メカニズムで
色を認識しているか、それはまだ解明されていないと思います。
また脳細胞のシナプスの連鎖は経験によってどんどん変化して
いるらしいです。個人差がかなり大きいのではないかと思われ
ます。

そういう状況下では「他人がどのような脳内メカニズムで色を
認識しているか」は全く分からない(自分自身の脳内メカニズム
すら分からない)と言っても間違いではない気がします。

でも言語でのコミュニケーションは、常に完璧では無いにせよ
日常生活や仕事や学問の場において、さほど不自由なく成立
しています。
リンゴを見て「赤いね」「うん赤いね、でもこのリンゴはまだ
ちょっと青いかな」「そうだね」というような会話はちゃんと
交わせる、つまりコミュニケーションは正しく成立するように
思います。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月10日(日) 18:49記



(298)  (Re:296)
Re: ゲーテの反論
かねやん
2005年04月10日(日) 23時33分

楊柳さん、こんにちは。

>他人が、と言うよりむしろ人間がどのような脳内メカニズムで
>色を認識しているか、それはまだ解明されていないと思います。

この分野はぜんぜん詳しくありませんが、そういう風に思って(思い込み?)います。


>また脳細胞のシナプスの連鎖は経験によってどんどん変化して
>いるらしいです。個人差がかなり大きいのではないかと思われ
>ます。

たとえば色認識に関して言えば経験により、色の認識能力が形成、向上すると何かで読んだ記憶があります。


>そういう状況下では「他人がどのような脳内メカニズムで色を
>認識しているか」は全く分からない(自分自身の脳内メカニズム
>すら分からない)と言っても間違いではない気がします。

これは、思いもよりませんでした。色の認識能力に個人差はあるというのは、あり得ると思ってますが、脳内メカニズムそのものの仕組みは人間であれば、同じという固定観念を持っていました。



(303)  (Re:298)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月11日(月) 01時39分

かねやんさん、こんにちは。

>これは、思いもよりませんでした。色の認識能力に個人差はあるというのは、あり得ると思ってますが、脳内メカニズムそのものの仕組みは人間であれば、同じという固定観念を持っていました。

聴覚の話になりますが、虫の声を聞くとき西欧の人は
音楽を聞くのと同じ部分が働くが、日本人の場合は言葉
を聞くのと同じ部分が働く、と聞いたことがあります。
あ、脳のどの部分が活性化するかという研究です。

それは個人差と言うより文化の差なのかもしれませんが、
つまり後天的なモノが脳の働きかたにけっこう大きく
影響するのではなかろうか、と思うのです。

こないだテレビで桜の特集番組をやってたときに、
「日本人ほどピンクが好きな国民(民族?)は他にいないそうだ」
と言ってる人がいました。特定の色への思い入れや経験に
つれて脳内メカニズムが対応する、という可能性も
否定できない気がします。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月11日(月) 01:11記



(304)  (Re:303)
Re: ゲーテの反論
かねやん
2005年04月11日(月) 10時30分

楊柳さん、こんにちは。

>聴覚の話になりますが、虫の声を聞くとき西欧の人は
>音楽を聞くのと同じ部分が働くが、日本人の場合は言葉
>を聞くのと同じ部分が働く、と聞いたことがあります。
>あ、脳のどの部分が活性化するかという研究です。

人間には右脳と左脳があり、どちらも機能し、お互いにやりとりも行っているなかで、音と言葉では別の脳が主となって使われるということは一般常識として知っていますが、そういうことではなく脳の聴覚をつかさどる部分がもっと細分化されていているという意味でしょうか。
人間の音を認識するメカニズムは両脳共通だが、認識した音に対する感受性に関する部分(メカニズム?)は個人差(民族差?)があると理解しています。

音を認識するということ、色の赤青の誤認にたとえれば、1KHzの音より、2KHzの音が音程が低く認識されるということは固定観念なのかも知れませんが、考えたことがありませんでした。



(310)  (Re:304)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月11日(月) 16時17分

かねやんさん、こんにちは。

>音を認識するということ、色の赤青の誤認にたとえれば、1KHzの音より、2KHzの音が音程が低く認識されるということは固定観念なのかも知れませんが、考えたことがありませんでした。

音程に関して言えば、私は音感が悪いらしく高低を
誤ることが、というか判断できないことがままあります。
絶対音感なんて信じられない(うらやましい!?)
(^^;)

視覚については、いわゆる速読をマスターしようと
しましたがいまだ果たせず。
速読って文字のカタマリをイメージとして読み、
いきなり意味に変換するようですね。私はいったん
言葉に変換してから意味に変換するという音読方式
からほとんど抜け出せずにいます。出来る人が
うらやましい。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月11日(月) 16:04記



(312)  (Re:310)
Re: ゲーテの反論
かねやん
2005年04月11日(月) 17時09分

楊柳さん、こんにちは。

>音程に関して言えば、私は音感が悪いらしく高低を
>誤ることが、というか判断できないことがままあります。
>絶対音感なんて信じられない(うらやましい!?)
>(^^;)

これについては私も似たようなものです(^^;
さすがに2つの音を聞いて、高低を間違えることはありませんが。
このコメントで、ふと気づいたのですが、色をちゃんと認識するということは、音でいえば、絶対音感があるということですね。


>視覚については、いわゆる速読をマスターしようと
>しましたがいまだ果たせず。
>速読って文字のカタマリをイメージとして読み、
>いきなり意味に変換するようですね。私はいったん
>言葉に変換してから意味に変換するという音読方式
>からほとんど抜け出せずにいます。出来る人が
>うらやましい。
>(^^;)

私は、もともと読むのは速いほうなんで、速読をマスタしようと考えたことはないですね。
もっともわたしの場合、読んでも頭にほとんで残っていないので無意味かも(^^;



(323)  (Re:312)
Re: ゲーテの反論
かねやん
2005年04月12日(火) 13時03分

楊柳さん、こんにちは。

>このコメントで、ふと気づいたのですが、色をちゃんと認識するということは、音でいえば、絶対音感があるということですね。

じゃあ、人間に絶対色感というものがあるかというと、ないんですね。桑嶋さんから紹介いただいた、錯視のページを見るとそう思います。

ニュートンの言ったことが正しいことはすでに定説です。ニュートンがこれで、物体の色の見え方の説明が全部つく、と言ったかどうかは不勉強のため、知りません。少なくとも、ここの書き込みを見るまでは、私はそういう風に勝手に思い込んでいた節がありますし、ここの書き込みの一部にも、そうとれるような書き込みも一部あるように思えます。
実際はどうなのでしょうか? >みなさん



(326)  (Re:323)
Re: ゲーテの反論
かねやん
2005年04月12日(火) 14時58分

みなさん、こんにちは。

便宜上、ここにくっつけますね。

このツリーのタイトルのゲーテの反論って何?
ということで調べたら、ニュートンの説に異議を唱えて、独自の色彩論を発表したことだとわかりました。
色々見た記事の中で、面白い記述がありました。

ニュートン派とゲーテ派
http://www.inforoot.jp/weblog/1616/archives/2004/08/post.html
の中から、一部を引用します。
----------------------------------------
面白いのはゲーテはプリズムを自分の目にくっつけて光をみたようです。たしかにそれでは虹色は見れませんから異論がでるでしょう。
----------------------------------------

きっかけが、面白い(^_^)



(327)  (Re:326)
Re: ゲーテの反論
かねやん
2005年04月12日(火) 15時17分

みなさん、こんにちは。

電車の吊広告で、「色彩検定」というのが目に留まりました。ふつうなら、そのまま気に留めないでしょうが、思わず見入ってしまいました。それだけのことですが....。

しょうもないことばっかり書いて、すみません。



(353)  (Re:296)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月16日(土) 16時06分

脳の話なんかしていない.最低限の常識の話「読み・書き・そろばん」の話をしてるだけ.

ひとつ,
ふたつ,
みっつ,
と数えることが「わからない」んだったら,自分ですら「わからない」はずの脳の話をしたって「わかるはずがない」よ.



(377)  (Re:353)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月17日(日) 00時33分

悟空さん、こんにちは。

>脳の話なんかしていない.最低限の常識の話「読み・書き・そろばん」の話をしてるだけ.

いえ、もともと脳内メカニズムの話をしてるんですよ。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月16日(土) 23:40記



(161)  (Re:144)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月07日(木) 22時40分

悟空さん、イルカです。

>あなたが言ってることは,小学生が描いた葉っぱの絵は「嘘」だということで,それがそもそもの間違った発想法です.小学生は,あくまで「自然の真実」を写し取ろうとしているのにねぇ.まったくヒドイ話しです.

 本当に読んでいるのですか?わたしが「嘘」と言う言葉を使いましたか?・・・こんな初歩的なミスをすると科学としてはダメです。・・・

 私は「緑の葉っぱを絵の具を使って、まったく同じ色に見えるように描いても、葉っぱの色描かれた葉の色は違う」と言っているのですよ。

 こんどこそ本当に読んでいただけると期待して・・・。

「このお湯はぬるい」---->「この水は摂氏38度である」
「この本は重い」-------->「この本の質量は1Kgである」
と同じように、色も科学の俎上に上げる(科学で料理する)ためには、主観的な感覚から切り離してしまわなければなりません。哲学ではないのですから・・

では、色の話に戻ります。

たとえば次の文章はなんでもない文章ですが、
「白いをした紙を赤いライトで照らすと赤く見えます。」
「赤のりんごも暗いところで見ると、そのがわかりません。」
「水の紙は、夕空の下でも見ても水の紙に見えます。」
 これら文章の示している意味を良く考えてください。とは何を意味していますか?

・(R,G,B)値:心理学的(もしくは生理学的)測定値
・物体表面のスペクトル反射属性:物理学的測定値

 ある物体の色と言った場合、どちらをその物体の色と言ったら、これらの普通の会話文と整合しますか?科学では、まず日常的なものであっても、主観から切り離して客観的に評価できる形に変えます。


>私にとって一番妥当と思える色の定義は,「色現象とは,(R,G,B)値で表現される心理的(あるいは生理的)現象であり,その色刺激は,同一の(R,G,B)値に対応する光のスペクトル・パタンの「クラス」によって引き起こされる」というものです.
 難解な言葉を羅列しないでください。RGBの値は「の三原色」ですよ。の3原色(SYM)ではないですね。
 クラスとはなんですか?色彩学では使いませんが??

 「私にとって一番妥当と思える色の定義・・」、「私とにとって」では、哲学では通用しても科学では通用しません。
 その定義を使うためには、その定義が「科学で扱うに」妥当であることを明らかにしなければなりません。

・物体の表面の性質としての色
・目に入射する光のスペクトル
・それと同じスペクトルの光だけを見た場合に感じる色
・人がそれによって、判断する物体の色

 これらは、関連もありますが、別のものです。まず、これらを科学で取り上げる場合、それぞれが何であるかをきちんと理解しなければなりません。その最初がとは何かです。

 自己同一性という言葉は、哲学でよく用いられる言葉ですが、科学ではこのような「あいまい」な言葉は使いません。そして、なよりもわかりやすい言葉を使います。(もちろん相手の知識レベルによって「わかりやすい言葉」は変わりますけど・・)

 条件反射的にコメントを書かないで、まず相手の言わんとしていることを理解してコメントしましょう。科学者でない人にも分かる様に書いているつもりです。

____________イルカ_________________
 [理科]小中高生の理科質問箱 ・ [日常]日常の科学【理科父母】
 ̄ ̄ ̄ ̄[化学の広場]/[物理フォーラム]/[サイエンスフォーラム]共同運用になりました。 ̄ ̄ ̄

個人
個人(@nifty)



(164)  (Re:161)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月08日(金) 02時30分

桑嶋です。

> 私は「緑の葉っぱを絵の具を使って、まったく同じ色に見えるように描い
>ても、葉っぱの色描かれた葉の色は違う
」と言っている
>のですよ。

う〜む、イルカさんももう少しわかりやすく書いた方がいいと思います。
まったく同じ色に見えるということは、実際の葉っぱの色からでも、絵
に描いた葉っぱの色からでも、色見本を持ってくれれば同じ色を指し示
すことになるということですよね。悟空さんが言っているのは、そうい
うことだと思います。



(165)  (Re:164)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月08日(金) 08時31分

桑嶋幹さん、イルカです。

129「色見本帳の色とまったく同じ色に見える物体があったとして、
しかし可視光線に対する属性は色見本帳とは異なる」(楊柳さん)
 からのスレッドをきちんと読んでいれば、138「緑の葉っぱを絵の具を使って、まったく同じ色に見えるように描いても、葉っぱの色と描かれた葉の色は違うという意味ですよ。」(イルカ)の言おうとしていることは分かるはずです。そこまで悟空さんに国語力がないとは思っていません。

 こんな混乱が生じるから、「色とはなに」を決めておく必要があると理解していただければと思います。まず、色の問題のスタート地点に立たなければ。

____________イルカ_________________
 [理科]小中高生の理科質問箱 ・ [日常]日常の科学【理科父母】
 ̄ ̄ ̄ ̄[化学の広場]/[物理フォーラム]/[サイエンスフォーラム]共同運用になりました。 ̄ ̄ ̄

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(166)  (Re:165)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月08日(金) 10時30分

みなさん、桑島幹さん、はじめまして。
イルカさん、こんにちは。別のフォーラムではお世話になっています。

このツリーは読みましたが、他の関連ツリーはまともには読んでいませんので、とんちんかんな事を言ってましたらご容赦ください。

> こんな混乱が生じるから、「色とはなに」を決めておく必要があると理解していただければと思います。まず、色の問題のスタート地点に立たなければ。

色とは生物の可視光線の感じ方だと思います。
波長500umあたりの単一波のシアンと、緑、青の混じったシアンがまったく同じ感じ方であれば、同じ色と言って良いと思いますが、いかがでしょうか。



(167)  (Re:166)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月08日(金) 12時05分

かねやんさん、イルカです。
>色とは生物の可視光線の感じ方だと思います。
>波長500umあたりの単一波のシアンと、緑、青の混じったシアンがまったく同じ感じ方であれば、同じ色と言って良いと思いますが、いかがでしょうか。

 これが色を語る場合の最初のポイントです。この混乱の原因に私たち現代人がナトリウムランプの単色光を見て黄色く感じたり、太陽の光をプリズムでスペクトルにすると紫から赤に感じる光に分解できること、あるいはRGBの3つの光で色が再現できる。・・(これらの文章は注意深く書いています。よく読み返してください。)・・・こんな知識があるために、光をどのように感じるかということと、色とを混乱してしまうのでしょう。

 私達がミカンを採りに言って、黄色いミカンは熟れている、あおいミカンは熟れていない・・と言う風に色をもって熟れているとか熟れていないとかの判断をします。
 このように、色は、生物が色覚を得てからは、対象を判断する重要な情報であったことでしょう。

 不思議なことに、朝日の下であろうと、真昼の太陽の下であろうと、夕日の下であろうと、あるいは電球の下であろうと、蛍光灯の下であろうと、「黄色と言う熟れたミカンの色」を私達は知ることができます。これを写真で取るととんでもない色に写っていたりした経験はありませんか?実際にそのミカンからの反射光のスペクトルを比べると大きな違いがあります。

 光の色の件をいったん忘れて、考えると、「色とはその物体が本来持っている光に対する属性」と定義しておけば、色に対する考察を科学的に進めることができるのではないでしょうか?

 無重力下では重さはなくなるけど、物体がなくなったわけではない。
 物体に光が当たらないと、その物体を見ることはできませんが物体が消えてなくなるわけではない。
 色も複数の波長の光がないと知ることはできませんが、色がなくなるわけではない。
 ・・[知ることができない]≠[存在しない]・・

 実際に、「色とは物体の持つ光に対する特性」とすることで、色や光に対する科学的な考察が可能になるのでは?
 もちろん、科学で扱うのでなければそんな定義なんて必要ないわけです。

____________イルカ_________________
 [理科]小中高生の理科質問箱 ・ [日常]日常の科学【理科父母】
 ̄ ̄ ̄ ̄[化学の広場]/[物理フォーラム]/[サイエンスフォーラム]共同運用になりました。 ̄ ̄ ̄

個人
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(168)  (Re:167)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月08日(金) 14時18分

イルカさん、こんにちは。

> これが色を語る場合の最初のポイントです。この混乱の原因に私たち現代人がナトリウムランプの単色光を見て黄色く感じたり、太陽の光をプリズムでスペクトルにすると紫から赤に感じる光に分解できること、あるいはRGBの3つの光で色が再現できる。・・(これらの文章は注意深く書いています。よく読み返してください。)・

はい、夜にでもじっくり読み返してみます。


> 不思議なことに、朝日の下であろうと、真昼の太陽の下であろうと、夕日の下であろうと、あるいは電球の下であろうと、蛍光灯の下であろうと、「黄色と言う熟れたミカンの色」を私達は知ることができます。これを写真で取るととんでもない色に写っていたりした経験はありませんか?実際にそのミカンからの反射光のスペクトルを比べると大きな違いがあります。


> 光の色の件をいったん忘れて、考えると、「色とはその物体が本来持っている光に対する属性」と定義しておけば、色に対する考察を科学的に進めることができるのではないでしょうか?
> 無重力下では重さはなくなるけど、物体がなくなったわけではない。
> 物体に光が当たらないと、その物体を見ることはできませんが物体が消えてなくなるわけではない。
> 色も複数の波長の光がないと知ることはできませんが、色がなくなるわけではない。
> ・・[知ることができない]≠[存在しない]・・
>
> 実際に、「色とは物体の持つ光に対する特性」とすることで、色や光に対する科学的な考察が可能になるのでは?
> もちろん、科学で扱うのでなければそんな定義なんて必要ないわけです。


熟れたミカンを日なたや日陰でじっくり見比べたことがないのですが、見えた色としては違うと思うのですが。当然色見本も日なたと日陰では違って見えると思います。また本物を彷彿とさせるミカンの写真もありますよね。もちろん写真と実物では、平面物と立体物の違いがあるので、すぐ見分けはつきますが。
違って見えてもイルカさん(や専門家)は同じ色と定義されているのでしょうか。
このへんのことが書かれたものがあるのでしたら、見てみたいです。



(169)  (Re:168)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月08日(金) 16時44分

イルカさん、こんにちは。

数回読見返してみました。また#129以降のこのツリーのコメントにも一通り目を通しました。

#166のコメントから
>129「色見本帳の色とまったく同じ色に見える物体があったとして、
>しかし可視光線に対する属性は色見本帳とは異なる」(楊柳さん)
>からのスレッドをきちんと読んでいれば、138「緑の葉っぱを絵の具を使って、まったく同じ色に見えるように
>描いても、葉っぱの色と描かれた葉の色は違うという意味ですよ。」

人の目に見える色としては同じだが、可視光線に対する属性は異なるものがある。については、その通りだと思います。これを誰も否定はしていないと思います(#129からのコメントを読んだ限りですが)。

ですから、
138は「緑の葉っぱを絵の具を使って、まったく同じ色に見えるように
描いても、可視光線に対する属性は異なるものがある。」
が正確な表現ですね。

色というものは、見た目の色のことではない。可視光線に対する属性のことである。というのが学問的通説なら、イルカさんのおっしゃていることは正しいと思います。が、わたしの知識不足のせいか、一般的にも科学的にも、そうは書かれてないという理解をしています。



(173)  (Re:169)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月08日(金) 20時25分

桑嶋です。

>色というものは、見た目の色のことではない。可視光線に対する属性のことで
>ある。というのが学問的通説なら、イルカさんのおっしゃていることは正しい
>と思います。が、わたしの知識不足のせいか、一般的にも科学的にも、そうは
>書かれてないという理解をしています。

色というのは感覚的なものですから、見ための色のことですね。
また、そもそも光には色という属性はないはずですね。

しかし、しばしば色の議論をするときには、光の波長やスペクトルを色に
関係づけて話を進めることがあります。そのときには、「物理的な光の色」
とか、「私たちが感じる色」というように適当な修飾をしながら、「色」
が何を意味しているのかわかるようにしておかないとわけがわからなくな
ってしまうんですよね。



(175)  (Re:173)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月08日(金) 21時31分

桑嶋さん、こんにちは。

>しかし、しばしば色の議論をするときには、光の波長やスペクトルを色に
>関係づけて話を進めることがあります。そのときには、「物理的な光の色」
>とか、「私たちが感じる色」というように適当な修飾をしながら、「色」
>が何を意味しているのかわかるようにしておかないとわけがわからなくな
>ってしまうんですよね。

ここの色についての書き込みは膨大な量で、少し読みかけて挫折してしまったので、混乱の原因を性格には把握できていませんが、桑嶋さんが指摘されている内容が当たっているような気がします。



(176)  (Re:175)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月08日(金) 22時20分

桑嶋です。

かねやんさん、こんにちは

イルカさんも決して間違っているわけではないのですが、
今のままでは、また話がかみ合わないのではないかと危惧
しています。



(180)  (Re:173)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月09日(土) 00時18分

桑嶋幹さん、こんにちは。

>色というのは感覚的なものですから、見ための色のことですね。

それはどうでしょうか? どう定義するのが妥当か
を検討する余地はあるかと思います。
つまり「物質の表面?の性質」とするか「目に届いた光に依る」
とするか。
(他にもあり得るかな?)
(脳で認識されコトバとして表現したモノ、とか?)

あ、どの定義でも「見た目の色」になるのかも。
(^^;)

>また、そもそも光には色という属性はないはずですね。

え? そうなのですか?
色という属性はない『はず』と言われても……
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月9日(土) 00:06記



(182)  (Re:180)
Re: ゲーテの反論
かねやん
2005年04月09日(土) 00時55分

楊柳さん、こんにちは。

>>また、そもそも光には色という属性はないはずですね。
>

>え? そうなのですか?
>色という属性はない『はず』と言われても……

光は波動性をもった粒子、と一般には説明されていると理解していますので、私も光には色という属性はないと思います。
物体が光を吸収(吸収率)、反射する(反射率)という属性(性質)をもっている。生物の目が光を色として認識するという属性をもっている、ので物体の色を感じることができるということだと思います。



(188)  (Re:182)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月09日(土) 14時09分

かねやんさん、こんにちは。

>物体が光を吸収(吸収率)、反射する(反射率)という属性(性質)をもっている。生物の目が光を色として認識するという属性をもっている、ので物体の色を感じることができるということだと思います。

えっと、「色」という属性は光子には無いがクオークにはある。
という感じの議論でしょうか。それなら確かに光子には色という
属性は無いですね。
(^^;)

でも可視光線は波長によってヒトの目に色彩を感じさせますので、
それを「属性」と言えなくもないような気がします。
物理的には波長だけで説明できるから色を属性として扱う必要は
無い、ということかもしれませんが。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月9日(土) 13:28記



(189)  (Re:188)
Re: ゲーテの反論
かねやん
2005年04月09日(土) 14時27分

楊柳さん、こんにちは。

>えっと、「色」という属性は光子には無いがクオークにはある。
>という感じの議論でしょうか。それなら確かに光子には色という
>属性は無いですね。

いえ、そんなに深く突っ込んで考えた書き込みではありません。単純に光も電磁波であり、その極一部の帯域のみに人間などが色として感じることができるわけで、光そのものが色成分を持っているわけではないだろうという意味です。

>でも可視光線は波長によってヒトの目に色彩を感じさせますので、
>それを「属性」と言えなくもないような気がします。
>物理的には波長だけで説明できるから色を属性として扱う必要は
>無い、ということかもしれませんが。

そうですね、属性の対象範囲を広げれば、そう言えるかもわかりません。



(215)  (Re:189)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月09日(土) 16時26分

かねやんさん、こんにちは。

>単純に光も電磁波であり、その極一部の帯域のみに人間などが色として感じることができるわけで、光そのものが色成分を持っているわけではないだろうという意味です。

了解です、その感じは分かります。
電磁波の中で可視光線だけに関するコトを「物理的属性」
と言ってしまうのは、たしかに大げさというか人間原理の
過剰適用という気が私もします。
というかしてきました。
(^^;)

>そうですね、属性の対象範囲を広げれば、そう言えるかもわかりません。

「生理的属性」と言ってみるとか、
「人体への影響」と言ってみるとか、
ちょっと良い言葉を思いつきません、ニュアンスが
難しいですね。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月9日(土) 15:57記



(314)  (Re:189)
Re: ゲーテの反論
かねやん
2005年04月11日(月) 18時45分

楊柳さん、こんにちは。

>>えっと、「色」という属性は光子には無いがクオークにはある。
>>という感じの議論でしょうか。それなら確かに光子には色という
>>属性は無いですね。

みなさんは、すでにご存知のことでしょうが(私は知らなかったのですが)、過去ログを読んで、
「赤」の波長を持つ光子が,光検出細胞の「赤」検出色素と反応し,それが「赤」と認識されること.....
という考え方があることを知りました。

水分子がマイクロ波で振動し熱を発生させる電子レンジの周波数が2.4GHzであるのは、実は適当な周波数ではなく、
上記の目の反応のように、反応がいちばんおこる周波数だったことも別の記事で知りました。



(186)  (Re:180)
Re: ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月09日(土) 13時56分

桑嶋です。

楊柳さんとは、哲学的な話をしても横道にそれることなく話が
できると思っています。

>>色というのは感覚的なものですから、見ための色のことですね。

>それはどうでしょうか? どう定義するのが妥当か
>を検討する余地はあるかと思います。

その通りです。色をどう考えるかによって変わってきます。
話が面白くなりそうです(^_^)

私たちが色と言っているのは何だろうという根本的なところまで
戻って考えてみます。色というのは、私たちが光を目で感じて、
脳で知覚したものですね。

ですから、光の色にしても、物体の色にしても、色とは私たち人
間が定義したものです。私たちの視覚と脳の仕組みがあって、そ
こに光が関与することによって初めて色という概念を定義できま
す。こう考えると、色というのは(人間特有の)感覚的なもので
しかないと思うんですよね。

犬の目には色を感じる細胞が2種類しかありません。私たち人間
は「犬で見える色の世界は白黒ではないが、人間に比べれば鮮や
かではない」と勝手なこと言ったりします。鳥は4種類の細胞が
あるから、「私たちより鮮やかな色を見ている」と言ったりしま
す。私たちに赤色に見える色が他の動物にとって同じ赤色である
とは限らないというわけです。色というのは人間が決めた定義で
しかなく、人間の感覚に深く関係しています。だから、自然界に
おいて色というのは、どの動物を中心に考えるかで変わってくる
と思います。そう考えると絶対的な色というのは「ない」と言っ
てしまってもいいのではないかと思ったりもします。

しかし、色というのは人間が決めた定義です。犬や鳥が決めたも
のではありません。ですから、人間が決めた定義を中心に考えれ
ば、他の議論が出てくる余地は当然あります。

>>また、そもそも光には色という属性はないはずですね。

>え? そうなのですか?
>色という属性はない『はず』と言われても……

属性というと誤解があったかもしれませんね。しかし、光そのも
のは電磁波の仲間であり、その違いは波長(振動数)だけです。
私たちは可視光の波長範囲の光を見たときにだけ色を感じますが、
それは私たち人間(動物でもいいのですが)側の都合であって、
そもそも光には色なんてものはないと考えることもできませんか。

私たちが感じている色が何かを調べてみた結果、私たちの目に
入ってくる光の波長やスペクトルが関係しているということがわ
かったに過ぎないと思うわけです。

しかし、色を説明していこうとすると、上述の話だけではなかな
か理解できません。ですから、私たちが感じる色と光の性質を結
びつけて考えているのだと思っています。

今回の話は「本当の色とは何か」という質問が発端ですが、質問
をしたのは確か小学生です。小学生に答えるためには、たとえば、
ごく基本的なところから説明をしなければならないでしょう(実
際にはRGBも小学生には難しいと思います)。そのときには、
「光には色という属性はない」というような話は持ち出しません。
【縁側】にきたからこそ、話ができる内容だと思っています。



(231)  (Re:186)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月09日(土) 18時12分

桑嶋幹さん、こんにちは。

>ですから、光の色にしても、物体の色にしても、色とは私たち人
>間が定義したものです。私たちの視覚と脳の仕組みがあって、そ
>こに光が関与することによって初めて色という概念を定義できま
>す。こう考えると、色というのは(人間特有の)感覚的なもので
>しかないと思うんですよね。

確かにそうだと思います。

でも人間の感覚というのは個人差もあるし、直接的に数値化
するのが難しいような気がするので、物理学とか色彩学? とか
の学問(科学?)として扱うのは、難しいような気が。

計測器で測り、数値で扱いたい。
でもヒトの感覚と乖離してしまったら学問のための学問に
過ぎなくなって無意味。

ということでちょっと悩んでしまいそうです。

余談ですが味覚についても同様の「いかに数値化するか」
「その数値化が人間生活にとって意味があるか」とかいう
悩みがありそうな気がしています。触覚も嗅覚もかな?
(^^;)


>私たちが感じている色が何かを調べてみた結果、私たちの目に
>入ってくる光の波長やスペクトルが関係しているということがわ
>かったに過ぎないと思うわけです。

そうですね、そう思います。

>しかし、色を説明していこうとすると、上述の話だけではなかな
>か理解できません。ですから、私たちが感じる色と光の性質を結
>びつけて考えているのだと思っています。

いろんな要素があってこんがらがっている(分離が難しい?)
という感じです。ときほぐすのは難しそうですが、
面白そうです。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月9日(土) 17:45記



(236)  (Re:231)
Re: ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月09日(土) 21時11分

桑嶋です。

>でも人間の感覚というのは個人差もあるし、直接的に数値化
>するのが難しいような気がするので、物理学とか色彩学? とか
>の学問(科学?)として扱うのは、難しいような気が。
>計測器で測り、数値で扱いたい。
>でもヒトの感覚と乖離してしまったら学問のための学問に
>過ぎなくなって無意味。

色の場合は幸いにして標準化ができるレベルにあるといえると思います。
CCDなどの発達により、測色もできるようになってきました。
可視スペクトルから色を割り出す色彩計算ソフトウェアというのもあります。

>余談ですが味覚についても同様の「いかに数値化するか」
>「その数値化が人間生活にとって意味があるか」とかいう
>悩みがありそうな気がしています。触覚も嗅覚もかな?
>(^^;)

味覚・臭覚についてはセンサーのレベルで難しさがあるんですよね。
触覚については、ロボットのつかむ・はなすというレベルでは、あ
る程度うまく行っているのではないかと思います。ただ、人間の指
先のような感覚を実現するのは大変そうです。


>いろんな要素があってこんがらがっている(分離が難しい?)
>という感じです。ときほぐすのは難しそうですが、
>面白そうです。
>(^^;)

色は、目に入る光と人間の視覚で決まりますよね。まずは個体差
などは考えず、人間の視覚は誰でも同じと考えます。

光は、光源から出て直接目に入ってくる光、物体で反射して目に
入っていくる光があります。ワインなどの透明なものを通過して
目に入ってくる光もありますね。



(259)  (Re:236)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月10日(日) 11時03分

>人間の視覚は誰でも同じと考えます。

それが常識というものです.



(287)  (Re:259)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月10日(日) 16時11分

悟空さん、こんにちは。

><span class="reply-text">>人間の視覚は誰でも同じと考えます。
></span>
>それが常識というものです.

単なる仮定のような気がします。議論のための、あるいは研究のための。

あ、議論や研究のための仮定として個人差をネグレクトする、
その手法が(議論や研究での)常識である、ということでしょうか?
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月10日(日) 15:54記



(354)  (Re:287)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月16日(土) 16時07分

あらゆる知識は,「仮説(hypo-thesis)」から出発します.エネルギー保存則も,質量保存則も「仮説」であり,これが「科学・常識」です.

「もし」エネルギーも質量もまったく保存され「ない」ような事態があるとしたら,世界はメチャクチャなことになることでしょう.

「もし」太陽が東から昇ら「ない」ような事態があったら,世界はメチャクチャのことになるでしょう.

常識とは,確かに「仮説」ですが,それは私たちの日常感覚そのものなのです.



(380)  (Re:354)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月17日(日) 00時47分

悟空さん、こんにちは。

>常識とは,確かに「仮説」ですが,それは私たちの日常感覚そのものなのです.

う〜む、
人間には個性があり個人差がある、
というのもまた日常感覚として
私は感じていますし、社会的にも
常識だと思うのですが。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月16日(土) 23:43記



(391)  (Re:380)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月17日(日) 10時18分

個人差があると感じられるのは,「自分だけが正しい」という自分勝手な基準があるからでしょ.自分の世界=常識,という自分勝手な物差しで世界を計ってるだけかもね.



(397)  (Re:391)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月17日(日) 11時16分

悟空さん、こんにちは。

「自分だけが正しい」という自分勝手な基準があるからでしょ.自分の世界=常識,という自分勝手な物差しで世界を計ってるだけかもね.

ご自分についての懺悔ですね。よく分かってらっしゃる。
分かっちゃいるけどやめられない、という感じなので
しょうか。たいへんですね。
(^^;)

※ 違いってのは比較できさえすれば分かるんだけどね。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月17日(日) 10:58記



(402)  (Re:397)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月17日(日) 11時53分

>※ 違いってのは比較できさえすれば分かるんだけどね。

比較するには「共通の基準」が必要です.その基準が「自分だけ」だと独善になる.



(409)  (Re:402)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月17日(日) 13時01分

悟空さん、こんにちは。

>比較するには「共通の基準」が必要です.その基準が「自分だけ」だと独善になる.

それは比較ではなくて測定のような。
(^^;)

モノが二つあれば比較できるように思います。
なにも「共通の基準」なんていうみっつめのモノ
を持って来なくても。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月17日(日) 12:45記



(427)  (Re:409)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月24日(日) 10時24分

>モノが二つあれば比較できるように思います。

ホントにそうかな?

二人の人の身長を比較するのに「高い/低い」という「判断基準」がなかったらどうなるかな?

2個のリンゴというモノを比較するのに,「色・つや・丸さ」というような「判断基準」がなかったら,どうなるかな?

そもそもが,「2個である」,「モノである」,「リンゴである」という類の「判断基準」がなかったとしたら,リンゴというモノが二つある,とはたしていえるだろうか?



(431)  (Re:427)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月24日(日) 10時52分

悟空さん、こんにちは。

>ホントにそうかな?

うん、なんでも鵜呑みにしないで自分で考える
のは立派な姿勢ですね。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月24日(日) 10:36記



(177)  (Re:169)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月08日(金) 23時04分

かねやんさん、イルカです。
・・・友人の急な通夜で・・・

>色というものは、見た目の色のことではない。可視光線に対する属性のことである。というのが学問的通説なら、イルカさんのおっしゃていることは正しいと思います。が、わたしの知識不足のせいか、一般的にも科学的にも、そうは書かれてないという理解をしています。

 そうではなくて、特に区別する必要がないから混同して使っても支障はないということでしょう。日常会話のほうが色と言う言葉の本質をついているのかも知れません。(まじめな話)
 たとえば、「赤いりんごは暗闇では色が分からない」と言いますね。「そのりんごが赤い色をしているのに知ることができないという言葉には明らかに赤と言う言葉がそのりんごの持っている性質であることを暗黙のうちに了解しているのではないでしょうか?
 「夕日に染まって彼女の顔が赤く見える。」にしても、本来の色とは違って見えることを言っているのでしょう。

 このスレッドの発端は、元々「本当の色とは?」という、いささか哲学じみた問いであったのです。

 本当の色があれば、そうでない色もあるはずで・・という視点で色を考えているのです。

 実は、人の色覚の不思議を調べていくと、色を「物体の光に対する特性」としておく必要が出てくるのです。逆に言うと、その結末を知っているから、最初に色とは「物体の光に対する特性」と定義してから、「本当の色」について説明しようとしたのです。

 もし最初の質問が「本当の色とは?」でなかったら、物体色と光の色の区別をする必要はなかったでしょう。

 話が前後しますが、(168)へのコメントです。スレッドが広がりそうなので、こちらにまとめます。

>熟れたミカンを日なたや日陰でじっくり見比べたことがないのですが、見えた色としては違うと思うのですが。当然色見本も日なたと日陰では違って見えると思います。また本物を彷彿とさせるミカンの写真もありますよね。もちろん写真と実物では、平面物と立体物の違いがあるので、すぐ見分けはつきますが。

もっと簡単な例で・・
 白い紙に黒い文字が印刷してある本の1ページをデジカメで撮影してみてください。私達は白い紙に印刷された文字を目でははっきりと読むことができますが、写真に撮ると光線の具合で、背景は一様な白ではなく灰色から白になり、文字も黒から灰色まで・・時には文字のほうが影になっている部分の背景より暗く撮影されることもあります。このように、実際の光量に関わらず白は白、黒は黒と見えること(明度の恒常性という現象)

 白とは(可視光線のすべての領域に渡って一様に光を散乱反射するもの)とすれば、白い紙という場合、それが[可視光線のすべての領域に渡って一様に光を散乱反射する]性質を持っている=その紙の持つ物理的属性と言ってよいかも。
 そして、白い紙は暗闇にあろうが、真昼の太陽の下にあろうが「白い」という属性は変化しませんね。

 たったこれだけの現象でも、とても複雑な現象なのです。実際、少しでも光が当たる量が少ない部分は灰色のはずですが、それが白いと言うことを苦労せずに見ている。この仕組みを理解するために「白とは可視光線のすべての領域に渡って一様に光を散乱反射する物体の表面の性質」と決めてから料理しましょう。

↓こちらの資料が良いでしょう。図書館で読めるかも
網膜における色彩の識別・・E.H.ランド 日経サイエンス1978年2月号P72-90


____________イルカ_________________
 [理科]小中高生の理科質問箱 ・ [日常]日常の科学【理科父母】
 ̄ ̄ ̄ ̄[化学の広場]/[物理フォーラム]/[サイエンスフォーラム]共同運用になりました。 ̄ ̄ ̄

個人
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(179)  (Re:177)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月08日(金) 23時35分

桑嶋です。

> たとえば、「赤いりんごは暗闇では色が分からない」と言いますね。「その
>りんごが赤い色をしているのに知ることができないという言葉には明ら
>かに赤と言う言葉がそのりんごの持っている性質であることを暗黙のうちに了
>解しているのではないでしょうか?

これはここで展開している色や視覚とは関係のない話です。単なる記憶の
話ですね。リンゴを見たことのない人に、真っ暗な部屋の中で、リンゴの
色は何色ですかと言っても答えられないでしょう。

> このスレッドの発端は、元々「本当の色とは?」という、いささか哲学じ
> みた問いであったのです。

質問を哲学ととらえたのが、議論が発散したきっかけですね。
質問者の年齢を考えれば、哲学など持ち出す余地はなかったと思います。

> 実は、人の色覚の不思議を調べていくと、色を「物体の光に対する特性」
>としておく必要が出てくるのです。

これは、どうしてでしょうか。

>逆に言うと、その結末を知っているから、最初に色とは「物体の光に対す
>る特性」と定義してから、「本当の色」について説明しようとしたのです。
> もし最初の質問が「本当の色とは?」でなかったら、物体色と光の色の
>区別をする必要はなかったでしょう。

そうですか。色を説明するときには、物体の色と光の色の違いは説明して
おくべきではないでしょうか。区別しなかったら、光の三原色と色の三原
色の違いもわかりません。加法混色と減法混色の違いと言っても良いです。

> そして、白い紙は暗闇にあろうが、真昼の太陽の下にあろうが「白い」
>という属性は変化しませんね。

白色光で白く見えるという性質は変化しないということでしょうね。
赤色光のもとでは赤く見えるという性質も持っています。


>↓こちらの資料が良いでしょう。図書館で読めるかも
>網膜における色彩の識別・・E.H.ランド 日経サイエンス1978年2月号P72-90

またランドですか。【縁側】ですから良いですが、それにしても持ち出す
のには早すぎると思います。



(194)  (Re:179)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月09日(土) 14時46分

>質問者の年齢を考えれば、哲学など持ち出す余地はなかったと思います。

「人間はその本性として知ることを欲する」.アリストテレスの『形而上学』の冒頭のフレーズです.つまり哲学の「原・点」は,あらゆる人間に,その年齢にかかわらず,「知りたい」という希望として「ある」のです.



(204)  (Re:194)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月09日(土) 15時39分


子どもの知的好奇心や探求心を否定するつもりはありません。ここで
いう哲学というのは、このスレッドの題名にもなっている「ゲーテの
反論」です。ゲーテの色彩論は、色に対する基本的知識を知ろうとす
る人にとっては、かえって理解の妨げになる場合があります。



(210)  (Re:204)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月09日(土) 16時10分

デーテはむしろ立派な自然学者だったと思います.ニュートンが例外的にうまくいったにすぎない「特殊な実験」をまるで「普遍的事実」であるかのごとく言い立てる態度に,文句をつけるところから,その色彩論ははじまったといいます.実験室の中だけで成立するような現象に立脚した科学ではなく,自然の中にあって体験できる感覚的事実に立ってこそ,はじめてそれは自然科学(自然の哲学,自然の知識を愛すること)でありうる,と彼は主張したかったのです.

近代科学は,モノ感覚,つまり自然と人間の関係を無視し,人間を自然の事物から切り離そうとしてきました.実は,そうした「モノを感覚する」ところから,つまり,自然のモノと,その内なる私たちとの関係から,私たちの世界が成り立っているのです.



(216)  (Re:210)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月09日(土) 16時34分


悟空さんのおっしゃる通り、こうした話はとても興味深いのですが、
ある程度、色に対する知識を深めてもらった後で、○○のような話
もあるというように紹介した方が良いと思っています。



(239)  (Re:210)
Re2: ゲーテの反論
aromatic Kam
2005年04月09日(土) 22時16分

悟空さん、はじめまして。

> ゲーテはむしろ立派な自然学者だったと思います.ニュートンが
> 例外的にうまくいったにすぎない「特殊な実験」をまるで「普遍的事実」
> であるかのごとく言い立てる態度に,文句をつけるところから,その
> 色彩論ははじまったといいます.


もしよろしければ、そのあたりの事実を具体的にご指摘いただけないでしょうか。
私の認識とは、まったく異なっておりますものですから。


== 【化学教育】【情報授業】【情報教育】進行役 aromatic Kam / 嘉村 均



(260)  (Re:239)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月10日(日) 11時04分

「村田純一『色彩の哲学』岩波書店,2002」に,そうした議論があります.

私も実は,ゲーテは,色が「要素に分解可能な粒子の集合である」,というニュートンの原子論的議論に反発してその色彩学をはじめたと思っていたのですが,ゲーテは,ニュートンの実験を再現しようと実際に試みたあげく,その再現の困難さに気づいたようです.



(201)  (Re:179)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月09日(土) 15時21分

イルカです。

 色をどう決めておくか?は、幾何で言うところの補助線のようなものかもしれません。結果を見ると補助線の意味が分かりますが、証明する方法が分からないときには「何で補助線をそこに引かなければならないのか!!」と言いたくなる。

>色を説明するときには、物体の色と光の色の違いは説明して
>おくべきではないでしょうか。

 これを言っているつもりなのですが??

それよりもっと前の・・
 光があたった物体の表面からの反射光が目に入ることで、その物体の存在や形や色などを認識できます。
 分かりやすく言うと、物体からの届く光によって、その物体が「そこにあること」「どんな形をしているか」「どんな色をしているか」などが、はじめて私達に認識されるのです。そこに対象がどんな姿かたちで存在しているかと、それらを認識できているか否かは別です。

 私には、実物のみならず鏡やレンズあるいは3D画像などで、あたかもそこに「形と色をもつ物体がある」と見えても、本当の物体の有無や形については見えているものと実体との区別が何の抵抗もなく理解できるのに、こと、その物体の色となると、なぜこれほど混乱してしまうのかが理解できないのです。

 これが理解できた、その上ではじめて、物体(虚像も)から出ている光の性質がどんなものか(形や色)→視覚でどのように認識するかではないのですか?

 光の色を持ち出すと、かえって混乱するのでは???というか光の色のことを知っているから混乱してしまうのでは?


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(211)  (Re:201)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月09日(土) 16時20分

桑嶋です。

> これを言っているつもりなのですが??

そこがなかなか伝わっていなかった面もあるかも?と思っています。

> 光の色を持ち出すと、かえって混乱するのでは???というか光の色のこと>>を知っているから混乱してしまうのでは?

物体の色にしても、光源の色にしても、視細胞を刺激しているのは光ですね。
私たちがどうやって色を認識しているかの最初の部分では、光だけで説明す
れば良いと思っています。錐体や光の三原色の話が済んでから、物体の色に
入るように説明するとわかりやすいと思います。



(240)  (Re:179)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月09日(土) 23時53分

もうひとつのポイントを忘れていました。

>> そして、白い紙は暗闇にあろうが、真昼の太陽の下にあろうが「白い」
>>という属性は変化しませんね。
>
>白色光で白く見えるという性質は変化しないということでしょうね。
>赤色光のもとでは赤く見えるという性質も持っています。
 の
>白色光で白く見えるという性質は変化しないということでしょうね。
では、「白色光とは何か?」
 可視光線のなかの広い範囲において一様なスペクトルを持つもの?
 だとすると、発光ダイオードや3原色蛍光灯は外れてしまいます。そもそも白色光とは白いものが白く見える光でないのでしょうか?。

 すると「(白いものが白く見える)白色光で見たら白く見える」のは当たり前です。では白いものとは?
 やはり「白とは何か」という色の定義に戻ってしまいます。

 こちらの山内イグアナ研究所:光学研究:光についてに別のスペクトルの図がありました。


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(243)  (Re:240)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月10日(日) 02時46分

イルカさん、こんにちは。

>では、「白色光とは何か?」
> 可視光線のなかの広い範囲において一様なスペクトルを持つもの?
> だとすると、発光ダイオードや3原色蛍光灯は外れてしまいます。そもそも白色光とは白いものが白く見える光でないのでしょうか?。

太陽の可視光線は連続スペクトルですが、一様なスペクトルではないですよね。

私はざっくりと、次のように考えました。
太陽の可視光が白色光である。これは物体の白色とは違って無色である。
物体の内、可視光帯域内での反射率が一様なものを、白色光下で見た時の物体の色が白色である。

人間が上記のように白色や、何100万色?をも認識できるようになるまでには、人間誕生から、生きていくために長〜い時をかけ、目、神経系、脳が経験、学習などで進化してゆき、現在のようになったのだと思います。
また、晴天、曇り、昼、夕方、月明かり、火の光などさまざまな光の環境下でも、似た様に見える能力(脳の補正機能など)を身に付けたのでしょう。

蛍光灯は蛍光体からは連続スペクトル、管内の水銀からは線スペクトルが出ています。
線スペクトルのピーク値が連続スペクトルに比べて相当大きいので、脳の補正機能で完全には補正しきれず、青みがかって見えるのでしょう。



(249)  (Re:243)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月10日(日) 10時08分

このスレッドの最近の記事しか読んでいないのですが、その中で一番的確な表現だと感じたのは、
悟空さんが書かれた、
#144
>私にとって一番妥当と思える色の定義は,「色現象とは,(R,G,B)値で表現される心理的(あるいは生理的)現象であり,その色刺激は,同一の(R,G,B)値に対応する光のスペクトル・パタンの「クラス」によって引き起こされる」というものです.

でした。スペクトルパタンをクラスとして扱うところなどに特に感心しました。
これや、みなさんの書き込みから、色のイメージが自分なりに出来、細かいことは抜きにして導かれたのが、#243の書き込みです。



(251)  (Re:249)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月10日(日) 10時16分

>このスレッドの最近の記事しか読んでいないのですが、その中で一番的確な表現だと感じたのは、
>悟空さんが書かれた、
>#144
>でした。

でも、それ以外の悟空さんの書き込みの多くは難しすぎて、わたしにはついていけません(^^;



(255)  (Re:243)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月10日(日) 10時49分

イルカです。

>人間が上記のように白色や、何100万色?をも認識できるようになるまでには、人間誕生から、生きていくために長〜い時をかけ、目、神経系、脳が経験、学習などで進化してゆき、現在のようになったのだと思います。

 ここがポイントなのです。今晩真っ暗な中で、
ペイントをフルスクリーン(真っ白な画面)にして、背景色をすこし変化させてみてください。100万色と言いながら、色の変化をまったく認識できないです。少々変化させても背景は白のまま。「何100万色?をも認識できる」ってなんなの?

>また、晴天、曇り、昼、夕方、月明かり、火の光などさまざまな光の環境下でも、似た様に見える能力(脳の補正機能など)を身に付けたのでしょう。
 これは、私達がニュートンのスペクトルの説明に毒されているのかも。
「さまざまな光の環境下でも、似た様に見える能力」ではなくて「さまざまな光の環境下でも、その物体の色を知る能力」のほうが、この現象を正確に伝えているのではないかと思います。


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(274)  (Re:255)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月10日(日) 11時47分

イルカさん、こんにちは。

> ここがポイントなのです。今晩真っ暗な中で、
>ペイントをフルスクリーン(真っ白な画面)にして、背景色をすこし変化させてみてください。100万色と言いながら、色の変化をまったく認識できないです。少々変化させても背景は白のまま。「何100万色?をも認識できる」ってなんなの?

これに類する実験は昼間に、桑嶋さんから教示いただき、おこないました。真っ暗な部屋で、おっしゃる方法を試してみます。
何100万色ではなく、100万色くらいなんですね。人間が認識できるのは。


>>また、晴天、曇り、昼、夕方、月明かり、火の光などさまざまな光の環境下でも、似た様に見える能力(脳の補正機能など)を身に付けたのでしょう。
> これは、私達がニュートンのスペクトルの説明に毒されているのかも。
>「さまざまな光の環境下でも、似た様に見える能力」ではなくて「さまざまな光の環境下でも、その物体の色を知る能力」のほうが、この現象を正確に伝えているのではないかと思います。

いえ、イルカさんの書かれたことと、ほとんど同じ意味として、書きました。表現が拙いもので。



(305)  (Re:255)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月11日(月) 14時04分

イルカさん、こんにちは。

> ここがポイントなのです。今晩真っ暗な中で、
>ペイントをフルスクリーン(真っ白な画面)にして、背景色をすこし変化させてみてください。100万色と言いながら、色の変化をまったく認識できないです。少々変化させても背景は白のまま。「何100万色?をも認識できる」ってなんなの?

試して見ました。RGB=255:255:255を254:254:254に変えても差はわからないですね。でも、250:250:250くらいにすると、さすがに、変化がわかってきます。
真っ暗な部屋と明るい部屋での差異は確認できませんでした。



(244)  (Re:240)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月10日(日) 04時54分


>そもそも白色光とは白いものが白く見える光でないのでしょうか?。

白いものが白く見える光を白色光といいます。特段、新しい
定義というわけではありません。太陽の光も白色光だし、RGB
の混色で作られた光も白色光です。

> やはり「白とは何か」という色の定義に戻ってしまいます。

白い物体とは何かということから、色とは物体の性質だと話をされた
いのだと思いますが、それもやはり白色光という存在があってこその
ものです。白色光で白く見えるものも、赤色光では白色には見えませ
ん。しかし、白色光をあてたときに白色に見える物体は、

・可視光をほぼすべて吸収せず乱反射する

という性質をもっています。色がどのようになるかは、光源の色によ
って変わります。色とは何かを定義するときには、物体の性質だけで
はなく、物体を照らし出す光が何かを明確にする必要があります。
物質の性質だけでは色は説明できません。



(272)  (Re:244)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月10日(日) 11時27分


>ん。しかし、白色光をあてたときに白色に見える物体は、
>
>・可視光をほぼすべて吸収せず乱反射する
>
 →「白色とは、白色光をあてたときに白色に見える物体」
↑  ↓
↑ 「白色光とは、白いものに光をあてたとき白く見えるもの」
↑  ↓
↑ ∞∞∞∞
↑  ↓
↑ 「白色とは、白色光をあてたときに白色に見える物体」
↑  ↓
 ←「白色とは、白色光をあてたときに白色に見える物体」

 となってしまいませんか?

>色がどのようになるかは、光源の色によ>って変わります。
>色とは何かを定義するときには、物体の性質だけではなく、
>物体を照らし出す光が何かを明確にする必要があります。
>物質の性質だけでは色は説明できません。

 こ文章は、あいまいではないですか?「見えている色」「物体の持つ性質としての色」が混用されています。

(見えている色)色がどのようになるかは、光源の色によ>って変わります。
色とは何かを定義するときには、物体の物体の持つ性質としての色)だけではなく、
物体を照らし出す光が何かを明確にする必要があります。
物質の(性質としての物体の持つ性質としての色)だけでは(見えている色)色は説明できません。

ないし、

色がどのように見えるは、光源の色によ>って変わります。
色がどのように見えるかを議論するときには、物体の性質だけではなく、その物体を照らし出す光が何かを明確にする必要があります。
物質の性質だけでは色がどのように見えるかは説明できません。

 ではないですか?



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(277)  (Re:272)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月10日(日) 13時21分


> となってしまいませんか?

話をわざわざ分かりにくくしているように思います。

・白いものが白く見える光を白色光といいます
・白いものは可視光をほぼすべて吸収せず乱反射する

ですから、

可視光をほぼすべて吸収せず乱反射する物体が白く見える光
を白色光といいます


> こ文章は、あいまいではないですか?「見えている色」「物体の持つ性質としての色」が混用されています。

色は目に入る光と視覚で決まります。
物体は光を反射・吸収・透過しているだけに過ぎません。便宜的に
物体の性質と色を関連づけるのは良いと思います。しかし、「物体
の持つ性質の色」にこだわりすぎると色の本質を見失います。



(302)  (Re:277)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月11日(月) 00時12分


>話をわざわざ分かりにくくしているように思います。

>可視光をほぼすべて吸収せず乱反射する物体が白く見える光
>を白色光といいます

 自分で言っておいてなんですが、本当は[可視光をほぼすべて吸収せず乱反射する物体]が白く見える光を白色光だとすると「よけい、ややこしく」なるのです。
 とにかく最初は素直に「色は物体の表面の持つ性質」と、客観的に説明できるものにしておいて、そのうえで何色に見えるかとしたほうが良いです。


 A:太陽光  B:ロウソクの光 とします。

 何度も紹介しているゲーリケの実験において、影の部分にはきれいな青が現れ(白い紙が青く見える光=Aです)、他の部分は太陽からの光とロウソクの光があたっといる(A+B)。A+Bは紙が白く見えますから{白色光}だといえますね。依存はないと思います。
 影を作る代わりに、ロウソクの火を消してみましょう。・・こんどは紙にあたる光はA(太陽光だけ)ですが、紙は青く見えなくてやはり白になります。

 最初はA+Bが白色光だった(A+Bが紙にあたる部分は白く見えた)のに、つぎにはAだけで白色光になってしまいます。そして、最初の段階での影の部分(A)は白色光ではなかったのでしょうか?

 このように、光を持ち出すとたいへん複雑なことになってしまいます。

>色は目に入る光と視覚で決まります。
 それを何色の見るかは・・目に入る光と視覚で決まります。で良いかと思います。
 後で説明します。

>物体は光を反射・吸収・透過しているだけに過ぎません。便宜的に
>物体の性質と色を関連づけるのは良いと思います。
 そう、まったく便宜的かもしれませんが、実際に私達はニュートン以前は色は物体のもつ性質としていたのでは?

>しかし、「物体
>の持つ性質の色」にこだわりすぎると色の本質を見失います。

 こだわります。・・感覚とは独立したものを色として、言い換えると物体色を色として決めてから、私達がその色をどのように認識している=物体の表面が何色に見えるか?を検討するほうが本質を見つけやすいのではないかと思います。

 「赤いりんごをナトリウム灯だけで照明しても色が分からない」という言葉を率直に赤い(長波長の光を反射する)という物体の性質を、単色光では知ることができないとしたほうが分かりやすいかと思いますが・・?

 ランドの言葉を「色」と言う部分を「物体の表面が光に対してどのような性質をもっているか」に置き換えてみると分かりやすいかな。
>「目は、「物体の表面が光に対してどのような性質をもっているか」を認知するのに、目にとどく放射エネルギーの量には左右されないので、過剰の赤があっても、それを感じないのである。」
・・・おかしいですか?


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(278)  (Re:272)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月10日(日) 14時25分

>物体の持つ性質としての色)

デカルトは,色は第二性質,つまり物体に属するのではなく,むしろ主観に属する性質,としました.それは半分は正しいでしょうが,その半分は間違いで,むしろ,色の「原因」である反射能や発光能は物体に属するでしょうが,それが色刺激となって,その「結果」が色感覚として成立するためには,必ず人間の感覚作用,情報処理作用が必要です.

物体の持つ「色・カタチ」→「受容器官」における「色・刺激」の成立→「色・刺激」が情報処理されて「色・感覚」が成立する→「色・感覚」が言語と結びついて「色・判断」が成立する,そうした一連の「流れ」を無理やり切断してはいけません.



(245)  (Re:240)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月10日(日) 05時09分


もう1点、今の時代では、白色光という言葉を使う場合にも、
きちんと区別をしておく必要があります。
一般的には、白い物体が白く見える光を白色光というで構い

ません。しかし、シンクロトロンを使った場合には、白色光
というのは別の意味になるでしょう。



(181)  (Re:177)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月09日(土) 00時37分

イルカさん、こんにちは。

> このスレッドの発端は、元々「本当の色とは?」という、いささか哲学じみた問いであったのです。
> 本当の色があれば、そうでない色もあるはずで・・という視点で色を考えているのです。

だとすると、よほど論点をしぼって議論しないと発散するのも無理ないかと。
色々説明いただきましたが、今時点では理解できていません。自分なりに調べてみようと思います。
日経サイエンスは探してみようと思います。近くの図書観に最近号はあるのですが、あんなに古いのはどうかな?



(233)  (Re:181)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月09日(土) 19時26分

>だとすると、よほど論点をしぼって議論しないと発散するのも無理ないかと。

 そうだったと反省しています。最初の出発点を納得していない人に次の問題を説明しても理解不能です。ただ、その次の説明が最初の定義の必要性に絡むので難しい面はあります。

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(279)  (Re:181)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月10日(日) 14時38分

イルカさん、こんにちは。

>日経サイエンスは探してみようと思います。近くの図書観に最近号はあるのですが、あんなに古いのはどうかな?

家の近くの図書館には残念ながら置いてありませんでした。本館に保管されているとのことで、取り寄せてもらうことにしました(3日くらいかかるみたい)。



(206)  (Re:177)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月09日(土) 15時46分

イルカさん、こんにちは。

>もっと簡単な例で・・
> 白い紙に黒い文字が印刷してある本の1ページをデジカメで撮影してみてください。私達は白い紙に印刷された文字を目でははっきりと読むことができますが、写真に撮ると光線の具合で、背景は一様な白ではなく灰色から白になり、文字も黒から灰色まで・・時には文字のほうが影になっている部分の背景より暗く撮影されることもあります。このように、実際の光量に関わらず白は白、黒は黒と見えること(明度の恒常性という現象)

これについては、桑嶋さんの説明で理解できました。詳しくは必要ないですが(私が理解できないだろうから)簡単に、こうなる理由を説明していただき理解の手助けになりました。



(234)  (Re:206)
CGとの違い
イルカ
2005年04月09日(土) 19時26分

かねやんさん、イルカです。

 コンピューターグラフィックスの場合は、色をRGBの値で決めていきますね。その知識が邪魔をしていることに気がついていませんでした。

 発想の転換で、「RGBの値を調整すると言うことは、物を見たときの目に与えられる刺激を再現している」に過ぎないと考えると良いかも。

 以前から視覚という驚異的な能力には大変興味があって、すこしでもそれに関する情報があればとガムシャラに詰め込んできました。それを一気に説明しようとしたことに無理があったのでしょう。


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(235)  (Re:234)
Re: CGとの違い
aromatic Kam
2005年04月09日(土) 20時59分

ずっと黙っていて、こういう点にだけ食いつくのは申し訳ないのですが。

> 以前から視覚という驚異的な能力には大変興味があって、
> すこしでもそれに関する情報があればとガムシャラに詰め込んできました。


以前お聞きしてお返事をいただいていないのですが、ゲーテの「色彩論」は、お読みになっているのでしょうか。岩波文庫で読めます、とご案内いたしました。
よくゲーテのことを引き合いに出されますので、念のために。


== 【化学教育】【情報授業】【情報教育】進行役 aromatic Kam / 嘉村 均



(241)  (Re:235)
Re:CGとの違い
イルカ
2005年04月09日(土) 23時53分

aromatic Kamさん、イルカです。

 岩波文庫としては少々厚い本で以前に、サイエンスの記事の裏づけのために、読んだ記憶はあります。(図書館)
 ただ、私が探していたのは「ゲーテがゲーリケの実験を紹介してる部分」を探すことが目的で内容はまったく覚えていません。(後半のほうで見つけた)

 図書館に言って手配させておきます。近くの分館まで届けてくれる(岩国市の図書館は全国一・・一人当たりの利用者数。本もたくさんありますし)


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(242)  (Re:241)
Re: ゲーテの反論
aromatic Kam
2005年04月10日(日) 01時46分

そうですか。「色彩論」(岩波文庫赤407-4)は、93年に復刊されていまして、私はそのときに買いました。今はまた品切れでしょうね。

ところで、私も、これを通して読んだわけではありません。拾い読みです。何しろ、読みにくいんですよ。難しいのではなくて、理屈をこねくり回している文章であるのと、ニュートンを口汚くけなしているので、読んでいて楽しくないんです。

うまくアップロードできるかどうか分かりませんが、私がゲーテの色彩「理論」を、むりやり一枚のスライドにまとめたものを上げます。

「色彩論」の解説は、以下のようなことばで結ばれています。

この戦いは、すでにゲーテの敗北によって終っているのかも知れない。しかしたとえ敗れたりとはいっても、ゲーテの目睹した経験、ゲーテの手を染めた実験は、莫大な分量をなしているのである。(中略)少くともゲーテを研究しようとするものは、この屍の山を、どうにか処理しなければ、一歩も先へ進むことができないのである。

どうでしょうか。ゲーテの良き理解者たるべき翻訳者が、こう書いています。普通に考えて、もう我々は、科学的立場からは、ゲーテの色彩理論については取り上げる必要がなかろうと思いますよ。

それなのに、まだときどき、「ゲーテの理論」が持ち出されることがあるのはなぜでしょうか。私が邪推するに、それは、新しい考えを提出しようとする者が、箔づけのために、ゲーテの名を借りることがあるからなのでしょう。ニュートンの理論に反駁した偉大な先駆者としてです。

私は、そのような主張にふれるとき、どうしても、色眼鏡で見てしまいます。


== 【化学教育】【情報授業】【情報教育】進行役 aromatic Kam / 嘉村 均



(247)  (Re:242)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月10日(日) 05時22分

桑嶋です。

>そうですか。「色彩論」(岩波文庫赤407-4)は、93年に復刊されていまして、私はそのときに買いました。今はまた品切れでしょうね。

色彩論は入手可能です。私ももっています。よく売れているようです。
自分もこれを何度か読みましたが、ある程度、光と色の知識をもっていないと
正しい判断で読めないだろうなと思っています。

色彩論    ちくま学芸文庫
J.W.V. ゲーテ (著), Johann Wolfgang Von Goethe (原著), 木村 直司 (翻訳)
文庫: 515 p ; サイズ(cm): 15 x 11 
出版社: 筑摩書房 ; ISBN: 4480086196 ; (2001/03) 



(250)  (Re:247)
Re2: ゲーテの反論
aromatic Kam
2005年04月10日(日) 10時13分

おはようございます。

> 色彩論は入手可能です。私ももっています。よく売れているようです。

ちくま学芸文庫に入っていたのですか。知りませんでした。
訳出されている範囲も同じなのでしょうかね。岩波のは、「色彩学のために」第三部の抄訳なんです。

> 自分もこれを何度か読みましたが、

それはそれは。私は、正直、投げ出しています。今度、取り組んでみようかなあ。

> ある程度、光と色の知識をもっていないと
> 正しい判断で読めないだろうなと思っています。


ここがポイントですね。
ニュートンの主張は、太陽光線は屈折率の異なる光の集まりであって、それぞれの「射線」は異なる色の感覚を引き起こす性向をもつ、ということです。そのために、いろいろと凝った実験をしています。そういうことを、何だか気持ち悪くて受け入れがたいという人が、ゲーテの主張に触れると、舞い上がって妙な方へ行ってしまう、ということになるのでしょう。


== 【化学教育】【情報授業】【情報教育】進行役 aromatic Kam / 嘉村 均



(252)  (Re:242)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月10日(日) 10時27分

イルカです。

>どうでしょうか。ゲーテの良き理解者たるべき翻訳者が、こう書いています。普通に考えて、もう我々は、科学的立場からは、ゲーテの色彩理論については取り上げる必要がなかろうと思いますよ。

 これは、この先入観が色についての研究がつい最近まで行われなかった要因でもあるから、とても残念なことです。アプローチの仕方が科学者でないという印象はありますが、それでもって「誤っている」とは言えないのではないかと。

 同じサイエンスの記事のP88〜P99に
> イメージに色の形成されるメカニズムにそのまま当てはまる最初の観察は、ニュートンのスペクトルではなく、たぶん1672年にフォン・ゲーリック(OttovonGuerick)の記載した影に色の着く現象であろう。ゲーリックは書いた。「どんなことが起こるかといえば、早朝のうす明かりの中で、火のついた蝋燭(ろうそく)とその下に置いた紙とのあいだに、指またはそのほかの物体をかざすと、その白い紙の上に、はっきりした青い色の着いた影をつくることができるのである。

 ランドの最初の報告(1959)まで、誰も調べていなかった。報告してもニュートンの権威の前に無視されてきたというほうが正しいかも。

 ランドの実験で報告された、この処理は網膜で行われているのですが、網膜のこの処理を受け持つ部分のしくみのひとつに対する研究結果はがNature(2003年5月22日号p401)にあるそうです。(原著を確認していません)
 東京大学大学院総合 文化研究科広域科学専攻 上村研究室
 →○動物科学(総合科目)
   ・・・・
   ・講義資料:網膜の新機能(pdf)
   ・講義資料:網膜の多機能性(pdf)
   ・・・・

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(261)  (Re:235)
Re:CGとの違い
悟空
2005年04月10日(日) 11時04分

>コンピューターグラフィックスの場合は、色をRGBの値で決めていきますね。その知識が邪魔をしていることに気がついていませんでした。

まったくトンデモない議論です.色をRGBで定義できてはじめて,人間の心理現象が定量化できることが実証できた,と私は思いますがね.



(230)  (Re:177)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月09日(土) 17時48分

イルカさん、こんにちは。

> たったこれだけの現象でも、とても複雑な現象なのです。実際、少しでも光が当たる量が少ない部分は灰色のはずですが、それが白いと言うことを苦労せずに見ている。この仕組みを理解するために「白とは可視光線のすべての領域に渡って一様に光を散乱反射する物体の表面の性質」と決めてから料理しましょう。
>
>↓こちらの資料が良いでしょう。図書館で読めるかも
>網膜における色彩の識別・・E.H.ランド 日経サイエンス1978年2月号P72-90

複雑な現象が説明されてる(と想像している)、ランドさんの記事は、簡単に言えば目→脳の補正機能について述べられているのでしょうか?
そうであれば、今すぐには読む気がしないかも....です。



(232)  (Re:230)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月09日(土) 19時16分

かねやんさん、イルカです。

 いえいえ、とても楽しくて興味深い実験でして、視神経や脳内のことにはまったく触れていません。
 ランドは、ポラロイドの創始者でして、カラー写真の研究からこの興味深い実験に手を染めたようです。たった2色の光源でも色を再現できることなど・・

 忘れていました。以前私が作成したホームページ。ランドの実験を追試したものです。

 知識が真実を隠す。
 書きかけのまま放ってあるけど。

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(237)  (Re:232)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月09日(土) 21時55分

イルカさん、こんにちは。

> いえいえ、とても楽しくて興味深い実験でして、視神経や脳内のことにはまったく触れていません。
> ランドは、ポラロイドの創始者でして、カラー写真の研究からこの興味深い実験に手を染めたようです。たった2色の光源でも色を再現できることなど・・

安心しました(^_^)


> 忘れていました。以前私が作成したホームページ。ランドの実験を追試したものです。
>
> 知識が真実を隠す。
> 書きかけのまま放ってあるけど。

最初の数ページを見させていただきました。冒頭の言葉が読む気にさせてくれます(^_^)
で、2ページ目http://www.urban.ne.jp/home/ichiya/science/sense_of_sight/light2.html
で、黒い紙に光を当てるとデジカメには白く写るけど、目には黒いままである。と書かれてます。
で、自分なりに原因を考えてみました。
その黒い紙は人間の目には見えない光を反射する。デジカメは人間の目に反応しない光にも反応しているからではないか、ぐらいしか思いつきませんでした。



(254)  (Re:237)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月10日(日) 10時38分

かねやんさん、イルカです。

>安心しました(^_^)

 要約の要約ですが、・・・ぜひ読んでみてください。・・
________________ここから
   網膜による色彩の識別日経サイエンス(1978.2.P78〜P90)

 網膜がどのようにして色を識別するかは、対象から目へととびこみ網膜に当たる光のエネルギーには関係しない。それは、長波長(赤)、中波長(緑)、短波長(青)の光を種々の色彩を貼りつけた板にあてて、その板を目がどう見るかという実験によってたしかめられた。

            E.H.ランド

 実験の条件を単純化するという科学の伝統のために、われわれは、最近まで、日常の生活で、目がどのようにして色を識別するのかということについて、満足な説明を与えられないままに置かれていた。逆説的ながら、近代の色彩写真の技術は、ニュートンがスペクトルに認めた色・・【中略】・・が、・・・【中略】・・・まわりの世界の色であるという信念をますます強めることになっている。たとえば、われわれは、ふつうのタングステン電球の光で写真を撮影するときに、デーライト用のカラーフィルムを使うと、・・・【中略】・・・赤っぽい色調に仕上がることを知っている。
 ・・・【中略】・・・タングステンの出す光に照らされた世界に入ったり出たりしながら、・・・色が変わったと感じないでいられるのか、そのわけはいっこう問題にしようとはしない。
 ところで、目は、・・・【中略】・・・その多すぎる「赤」をどう始末するのだろうか。じつは、これはこの論文で明らかにするつもりなのだが、目は、色を認知するのに、目にとどく放射エネルギーの量には左右されないので、過剰の赤があっても、それを感じないのである。目は、しょっちゅう予告なしに変わるしかも不均一な照明とは無関係に、色の変わらない世界を見るように進化してきた。わたしは、かなり以前から、目がどのようにしてこの驚くべき離れわざをなしとげられるのかということに魅せられてきた。
 1959年に、わたしは、2枚の白黒のスライドの1枚を赤いフィルターをかけて、もうI枚はフィルターなしで(白色光で)それぞれ映写して重ね合わせると、その像は、目に、撮影されたもとの被写体にあるほとんどすべての色を伝えるという1連の実験を、本誌に書いた。・・・【中略】・・・
 ・・・【中略】・・・この思いがけない結果に導かれて、われわれは、1歩ずつ20年かかつて視覚のシステムが、われわれのまわりの世界(ほとんどあらゆる情景が不均一に照明され、ある1つの情景を照らす放射のスペクトル成分にいちじるしい変動があり、しかも、稲妻のような短時間の光に照らされただけで、色を正確に見分けることのできる世界)から、どのようにして信頼のできる色彩情報を抽出することができるのかということについての説明にたどり着いた。目がスペクトルの3つの部分のピークの強度レベルの測定器としてはたらくことにあるのだとすると、・・・【中略】・・・スペクトと混同して取りちがえるはずである。われわれの視野のある一部で黄色に見えた対象は、それが視野のべつの部分に移れば緑色に、さもなければ灰色に、さもなければ赤色にさえ見えるかもしれない。・・・【中略】・・・われわれの見る対象の色が、照明の条件が大きく変わっても、なおそのまま変わらずに保たれるという事実は、説明されないままに残される。
 この色の恒常性は、決して取るに足りない2次的な効果ではなく、われわれが色をどのようにして見るかということについて、新しい説明が必要になるほど基本的な事実なのである。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄日経サイエンス(1978.2.P78)の抜粋
             アンダーラインは私

>で、自分なりに原因を考えてみました。
>その黒い紙は人間の目には見えない光を反射する。デジカメは人間の目に反応しない光にも反応しているからではないか、ぐらいしか思いつきませんでした。
 網膜で修正されているから・・
 この説明はあとで出てくるでしょう。まだ早い・・

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(273)  (Re:254)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月10日(日) 11時38分

イルカさん、こんにちは。

> 要約の要約ですが、・・・ぜひ読んでみてください。・・
>目は、色を認知するのに、目にとどく放射エネルギーの量には左右されないので、過剰の赤があっても、それを感じないのである。

AGC(Auto Gain Control)のような機能を持っているのですね。


> 1959年に、わたしは、2枚の白黒のスライドの1枚を赤いフィルターをかけて、もうI枚はフィルターなしで(白色光で)それぞれ映写して重ね合わせると、その像は、目に、撮影されたもとの被写体にあるほとんどすべての色を伝えるという1連の実験を、本誌に書いた。・・・

おおっ、私が今まで知らなかった事実です。


>目がスペクトルの3つの部分のピークの強度レベルの測定器としてはたらくことにあるのだとすると、・・・【中略】・・・スペクトと混同して取りちがえるはずである。
>われわれの視野のある一部で黄色に見えた対象は、それが視野のべつの部分に移れば緑色に、さもなければ灰色に、さもなければ赤色にさえ見えるかもしれない。・・・【中略】・・・われわれの見る対象の色が、照明の条件が大きく変わっても、なおそのまま変わらずに保たれるという事実は、説明されないままに残される

ここが私の理解と違っていました。わたしは、たとえば、赤の視覚細胞は、一般に赤と総称される、ある範囲の波長個々を個々の波長(の赤)と認識すると思っていました。上記の私が知らなかった事実で説明可能な訳ですね。


>>で、自分なりに原因を考えてみました。
>>その黒い紙は人間の目には見えない光を反射する。デジカメは人間の目に反応しない光にも反応しているからではないか、ぐらいしか思いつきませんでした。

> 網膜で修正されているから・・
> この説明はあとで出てくるでしょう。まだ早い・・

はい、説明期待しています。



(301)  (Re:273)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月11日(月) 00時12分


>AGC(Auto Gain Control)のような機能を持っているのですね。
>おおっ、私が今まで知らなかった事実です。

 しかも、AGC(Auto Gain Control)のような中途半端なものではないのです。

 サイエンスが手に入ったら読んでみて下さい。私は大変な衝撃を受けました。そしてポラロイドのフィルムやエドモンドのフィルターを入手して自分の手で確かめてみたのです。

 日経サイエンスを読める環境にない方のために、その論文に記されているひとつの実験を紹介しておきます。

 ランドがモンドリアンと呼んでいる図を3原色の強度が個別に調整できる光源で照射して、その中の特定の部分(A〜E)と同じ色をした手元のチップ(他の光源で照らされている)を選ばせるありふれた実験です。

 さて、【中図】のA〜Eの各点について、そこからの反射光が、まったく同じスペクトル【最下図】になるようにモンドリアンにあたる3原色光源の強度を調整してテストします。

 いずれの場合も、反射光のスペクトルはまったく同一なのに、
A点と同じ色のチップを選ばせるとのチップを
(そこから届いている光のスペクトルは【最下図】以下同じ)
B点と同じ色のチップを選ばせるとのチップを
C点と同じ色のチップを選ばせるとのチップを
D点と同じ色のチップを選ばせるとのチップを
E点と同じ色のチップを選ばせるとのチップを
 を示せます。

 しかも、別の光源で照明された手元のチップの反射光が示すスペクトルは、モンドリアン上のその部分の反射光のスペクトル【最下図】とは一致しない。
 このようにAGC(Auto Gain Control)のような中途半端なものではないのです。

 その部分からの光のスペクトルがまったく同じ・・ニュートン式に言えば、オレンジ色の光・・・であっても、そこがそれぞれ、であると知ることができるのです。

 実際に手元に届いたら、サイエンスの記事としては少し長めの記事ですが、楽しめると思います。


____________イルカ_________________



(306)  (Re:301)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月11日(月) 14時25分

イルカさん、こんにちは。

> ランドがモンドリアンと呼んでいる図を3原色の強度が個別に調整できる光源で照射して、その中の特定の部分(A〜E)と同じ色をした手元のチップ(他の光源で照らされている)を選ばせるありふれた実験です。
>
> さて、【中図】のA〜Eの各点について、そこからの反射光が、まったく同じスペクトル【最下図】になるようにモンドリアンにあたる3原色光源の強度を調整してテストします。
>
> いずれの場合も、反射光のスペクトルはまったく同一なのに、
>A点と同じ色のチップを選ばせるとのチップを
>
> を示せます。
>
> しかも、別の光源で照明された手元のチップの反射光が示すスペクトルは、モンドリアン上のその部分の反射光のスペクトル【最下図】とは一致しない。
> このようにAGC(Auto Gain Control)のような中途半端なものではないのです。

要は、光のスペクトルカーブが変わっても、色は同じと認識するということですね。これは、、自然光と蛍光灯のスペクトルカーブが異なるにもかかわらず、同じ色に見えることに似た実験ですね。


> 実際に手元に届いたら、サイエンスの記事としては少し長めの記事ですが、楽しめると思います。

はい、ありがとうございます。



(309)  (Re:306)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月11日(月) 14時57分

イルカさん、こんにちは。

光のスペクトルが変わっても色が変わらないという理由がなかなか理解しずらいのですが、以下のように考えればわかりやすいのではないかと思います。
光の全スペクトルを基準値と考える。すなわち、スペクトルカーブが変われば、変わったカーブを基準と考える。そのカーブで脳が補正をかけるので、色は同じに見える。
または、スペクトルカーブが変わっても反射率自体は変わらないので、脳は光の反射率で色を認識している。

悟空さんが、スペクトルのクラスという言葉を使われてましたね。この意味を理解しているわけではありませんが、なんとなくわかるような気がします。



(365)  (Re:309)
クラス(類)
悟空
2005年04月16日(土) 18時02分

Aは,Bという結果を引き起こす原因である,
A’もまた,Bという結果を引き起こす原因である,
A’’もまた,Bという結果を引き起こす原因である,
・・・
→{A,A’,A’’,・・・}は,Bという結果を引き起こす原因の「クラス(類)」である.



(366)  (Re:365)
Re:クラス(類)
かねやん
2005年04月16日(土) 18時37分

悟空さん、こんにちは。

>Aは,Bという結果を引き起こす原因である,
>A’もまた,Bという結果を引き起こす原因である,
>A’’もまた,Bという結果を引き起こす原因である,
>・・・
>→{A,A’,A’’,・・・}は,Bという結果を引き起こす原因の「クラス(類)」である.
>

縁側を読み進めていたら、「理科の質問箱」の悟空さんのコメント#9779にたどりつき、私の考えていたイメージと大体同じだったことが理解できましたが、そのことをここに書き込まなかったため、更なるお手間をかけ失礼しました。ご説明ありがとうございました。



(320)  (Re:306)
テスト用画像(改訂版)
イルカ
2005年04月11日(月) 23時57分

かねやんさん
 先の画像は、ディザが加わって境界が鮮明なので作り直しました。そして下にパレットを加えました。

 画像をダウンロードして、上下を切り分けて、それぞれを別個に印刷しておいてください。画像ソフトによって異なるかもしれませんが、用紙幅にディザなしで拡大して印刷すると良いでしょう。
 上は色モンドリアン、下は色見本として利用します。

 最近は、パソコンのディスプレイと言う大変便利なRGB可変照明器具があるので、面白い現象を体感しましょう。


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(329)  (Re:320)
実験の用意
イルカ
2005年04月12日(火) 23時39分

 ふだん見慣れている現象なのに、「色はRGBで決まる」と思い込んでいると驚く実験です。・・・パソコンを使っている人ならすべて簡単にそろうものばかりです。たぶん

[用意するもの]
1)先の色モンドリアンの図形を、印刷したものとパレットを印刷したもの
2)デジカメ
3)ダンボール
 (できれば散乱光を防ぐため黒く塗ったほうが良い。綿密な実験
  でなくとりあえず試すなら塗らなくても良い)
4)パソコンのディスプレイ
 (ディスプレイを前かがみにできるので、ノートが良いでしょう。
  図では普通の体勢を取らせてますが、キーボードの上にモンド
  リアンを乗せてディスプレイを傾けたほうが良い)
5)黒い紙・・ブラウザのウィンドウ以外を隠すため。
 (簡単なテストなら不要)
6)ブラウザ
 (フルスクリーンモードをもつもの(IE/Mozilla/Firefox/Operaなど
  Windows判ならF11で切り替えられる)
 (IE6の場合、画像右下にかソールを持っていくと実サイズで表示
  するボタンが現れる。Mozillaは画像をクリックすると実サイズ
  表示に切り替わる)
7)次で示す画像・・URLで利用してもダウンロードしても良い。

[実験の準備]
1) 画像をブラウザで表示させ、フルスクリーン&実サイズ表示にする。
2) 画像以外(メニューバーやウィンドウフレーム、場所欄など)を黒い紙で隠す。
3) モンドリアンはディスプレイの光だけに照らされるように配置する。
4) 比較するパレットは別途小さな懐中電灯で照らす(色温度は何でも良い)


[実験]
1) ブラウザでテスト画像を表示させ、部屋を暗くして、フルスクリーンモード/
実画像表示にする。
2) 色が20秒ごとに変わるので、そのときに手元のパレットの特定な部分の色と同じ色の部分を探す。
3) 色毎に、デジカメでモンドリアンを撮影しておく。可能ならパレットも同時に同じフレーム内で撮影し、後で色を比較してみる。
4) デジカメのモニター画面に表示される色と、目で見た場合の色を比較する。





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(330)  (Re:329)
Re:実験の用意
イルカ
2005年04月12日(火) 23時49分

 RGBを変化させた光源の代わりに使用するアニメーションGIFです。
この画像はサンプルで、実物はこちらにあります。ローカルにダウンローとして、あるいはリモートで直接利用してください。

 また、モンドリアンの一部に他の光があたるようにしても面白いでしょう。

 「人の目は、RGBの値の変化に影響を受けずに(物体の表面の物性である)色を知ることができる」という意味が分かるかと思います。色とは何かをニュートンもゲーテも忘れて実感してみてください。

 急遽思いついた実験ですが、科学は疑問に思えば試してみることが最初の一歩です。上手くいくかどうかは私にも分かりません。


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(331)  (Re:330)
Re:実験の用意
イルカ
2005年04月13日(水) 00時00分

 予想。
 RGBの値が極端に変わる光源で、RGBのいずれかがゼロになるものが多くなってます。
 それでも、デジカメのモニターで見ている色と、目で直接見ている色が違っていると思います。すべてのRGBが強度は別にしてそろっている場合は、ほとんどの色が分かるのではないかと。

 ちょっと光源が極端にし過ぎたので、RGBのすべての値を少し加えればよかったかな・・・



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(333)  (Re:329)
Re:実験の用意
かねやん
2005年04月13日(水) 11時32分

イルカさん、こんにちは。

> ふだん見慣れている現象なのに、「色はRGBで決まる」と思い込んでいると驚く実験です。・・・パソコンを使っている人ならすべて簡単にそろうものばかりです。たぶん

#243、#306、#309に書いたような理解から、たぶん起こるであろう現象は推測はついてますが、面白そうなのでやってみたいのですが、デジカメで撮影したり、パレットと比較するのを、きちんとした環境でおこなうのは今の私のPC環境では結構労力がかかるので、モンドリアン図にディスプレイのRGB光を当てて、元の色との変化を見ることを試してみたいと思っています。できれば、今晩あたり試してみたいです。



(334)  (Re:333)
Re:実験の用意
イルカ
2005年04月13日(水) 11時52分

 ポイントは、手元の別光源で照らしたパレットの特定の部分の色と同じ色をモンドリアンから選べるか否か?です。
 同じように別照明で照らしたパレットと、デジカメでモンドリアンを撮影したものでも〃色を選べるか?

 予想を立てて試してみてください。

 このコメント内の「色」が何を示しているか?・・たぶんそれが、「もっとも色の概念」を示しているのではないかと。


____________イルカ_________________



(335)  (Re:334)
Re:実験の用意
かねやん
2005年04月13日(水) 12時07分

イルカさん、こんにちは。

> ポイントは、手元の別光源で照らしたパレットの特定の部分の色と同じ色をモンドリアンから選べるか否か?です。

RGBで照らした、モンドリアン図の色の変化を見るだけでは、実験の意味がないのでしょうか?
すみません、最初はなるべく楽をしたいので(^^; 時間の余裕のあるときにでも、詳しく行いたいのですが。



(336)  (Re:335)
Re:実験の用意
かねやん
2005年04月13日(水) 16時16分

イルカさん、こんにちは。

とりあえず、1、2色はパレットと比較してみたいと思います。なにせ、モンドリアン15色(?)、RGB14色の組み合わせだと、210通りもありますので(^^; 休憩を取りながらやると2〜3時間は要しそうですね。

他にPCのディスプレイのデスクトップを白1色にして、モンドリアン図を照らすこともおこなう予定です。
PCの白は赤、緑、青の単色光だけに近いと思うので、真っ暗な部屋での見え方の、自然光や、蛍光灯との差異が興味あります。

P.S 今日たぶん日経サイエンス入手予定。



(337)  (Re:336)
Re:実験の用意
イルカ
2005年04月13日(水) 19時49分

できれば、デジカメでモンドリアンを撮影していただきたいです。

 結論を言うと面白くないのですが、色を調べるのに[測色]と[測光]・・・前者が色で後者が光なのは、今思えば深い意味が・・・がありますが、デジカメは[測光]の器具です。[測色]は光源を照射してその中のどの成分が吸収されるかを調べる方法ですが、目は手段は[測光]なのに、[測色]として動作することを確認したいのです。


____________イルカ_________________



(338)  (Re:337)
Re:実験の用意
かねやん
2005年04月13日(水) 23時25分

イルカさん、こんにちは。

>できれば、デジカメでモンドリアンを撮影していただきたいです。
>
> 結論を言うと面白くないのですが、色を調べるのに[測色]と[測光]・・・前者が色で後者が光なのは、今思えば深い意味が・・・がありますが、デジカメは[測光]の器具です。[測色]は光源を照射してその中のどの成分が吸収されるかを調べる方法ですが、目は手段は[測光]なのに、[測色]として動作することを確認したいのです。

私の持っているデジカメはオートホワイトバランスがデフォルトで機能しています。手動設定はプリセット(色々な色温度の光源用)で、ホワイトバランスをオフにできないようです。この場合どうしましょうか?

今日は疲れていますので、実験は止めにします。
日経サイエンスも入手したのですが、読む気にならない(^^;



(339)  (Re:338)
Re:実験の用意
イルカ
2005年04月13日(水) 23時45分


>私の持っているデジカメはオートホワイトバランスがデフォルトで機能しています。手動設定はプリセット(色々な色温度の光源用)で、ホワイトバランスをオフにできないようです。この場合どうしましょうか?

 オートホワイトバランスでは、目の真似はできませんからかえってよいかも?
 別の(懐中電灯などでモンドリアンの一部を照らしておくと良いでしょう。)

>今日は疲れていますので、実験は止めにします。
>日経サイエンスも入手したのですが、読む気にならない(^^;

 文章量もたくさんありますから、一度に読破するのではなくゆっくり読まれることをお勧めします。

____________イルカ_________________



(340)  (Re:339)
Re:実験の用意
かねやん
2005年04月13日(水) 23時57分

イルカさん、こんにちは。

> オートホワイトバランスでは、目の真似はできませんからかえってよいかも?

オートホワイトバランスは被写体の一番明るいところ(モンドリアン図の白?)が白く写るように調整されるそうなので、プリセットのほうが良いのかな?と思ったのですが。
まあ、色々試してみます。



(346)  (Re:338)
Re:実験の用意
かねやん
2005年04月15日(金) 01時29分

イルカさん、こんにちは。

モンドリアン図をディスイプレイで見ると、色がきちんと見え、色調の差も判別できるのですが、あまり上質でない普通紙に印刷したところ、色調の差があまり明確にわからなくなりました(特に赤系)。
写真画質用紙に印刷しなおして実験をおこなおうと思っていますが、この実験にはどんな紙質が適しているでしょうか(光沢、つや消しetc)。
なんとか判別できるので、一応赤系の色のパレット選択を試してみましたが、青系の光をあてると、パレットと比較できないケースがありました。



(347)  (Re:346)
Re:実験の用意
かねやん
2005年04月16日(土) 02時44分

イルカさん、こんにちは。

写真画質用紙(光沢)にモンドリアン図を印刷しなおし、実験を開始しました。
結論からいうと、モンドリアン図の色をパレットから選択することはRGBによってさまざまでした。
パレットとの色差が少なく容易に選択できるものが多いですが、暗い赤系色は何度も両方を見比べ色の濃淡でなんとか判断できたり、、暗い緑は黒にしか見えなくなったりもしました。
判別が難しい時のモンドリアン図と、RGBの色の関係を表にする作業が必要と思われますが、結構面倒なので報告はだいぶ先になる予感が....



(348)  (Re:347)
Re:実験の用意
かねやん
2005年04月16日(土) 10時44分

イルカさん、こんにちは。

この実験を全部こなすのは大変なので、パレットが容易に識別できる部分は止めにして、識別困難な部分を重点的におこなう予定です。
お願いですが、RGB14色のRGB値を教えてください。



(349)  (Re:348)
Re:実験の用意
イルカ
2005年04月16日(土) 11時32分

イルカです。

>お願いですが、RGB14色のRGB値を教えてください。

  Favorite toolsから旧バージョンのD-Pixed2.15をダウンロードしてお使いください。
 色もフレームあたりの表示時間も可変できます。

____________イルカ_________________



(367)  (Re:349)
Re:実験の用意
かねやん
2005年04月16日(土) 18時55分

イルカさん、こんにちは。

>  Favorite toolsから旧バージョンのD-Pixed2.15をダウンロードしてお使いください。
> 色もフレームあたりの表示時間も可変できます。

便利なソフトのご紹介と使い方の説明ありがとうございました。あのRGBパターンは、これで作られたのですね。

今日の実験は今のところ予定なし(^^;



(341)  (Re:337)
Re:実験の用意
かねやん
2005年04月14日(木) 11時51分

イルカさん、こんにちは。

> 結論を言うと面白くないのですが、色を調べるのに[測色]と[測光]・・・前者が色で後者が光なのは、今思えば深い意味が・・・がありますが、デジカメは[測光]の器具です。[測色]は光源を照射してその中のどの成分が吸収されるかを調べる方法ですが、目は手段は[測光]なのに、[測色]として動作することを確認したいのです。

[測色]と[測光]に深い意味が、といわれてもピンときません。

物体に対し、目、デジカメ、銀塩写真は、光を検出し、記録、処理していることには変わりはないですよね。
目で見た感覚のイメージを基準として、デジカメの場合、モニタ(発光表示機)で見る場合はRGB、紙(反射表示機)で見る場合はCMYで表示させ、銀塩カメラはフィルムにCMYを記録し、スライドやプリントした時に、結果的に物体を目で見た時のイメージと重なるわけです。
また、光源による見え方の違いは、光源の色温度に起因することも知られています。
これらの事実は科学的にきちんと説明されており、それを私は素直に受け止めています。

ただ、基準となる目の柔軟性や錯視などの現象がおこることは、まだきちんとは解明されていないと思っており、非常に興味があります。



(368)  (Re:341)
目の能力の再発見
イルカ
2005年04月16日(土) 21時22分

イルカです。

>目で見た感覚のイメージを基準として、デジカメの場合、モニタ(発光表示機)で見る場合はRGB、紙(反射表示機)で見る場合はCMYで表示させ、銀塩カメラはフィルムにCMYを記録し、スライドやプリントした時に、結果的に物体を目で見た時のイメージと重なるわけです。

 これは、ひょっとして「AはBである」ゆえに「BはAである」という論理かもしれませんよ。

>これらの事実は科学的にきちんと説明されており、それを私は素直に受け止めています。

 ちょっと怖いな?
 (科学的か否かはともかく、説明されるとその何倍も「それはなぜ?」や「これは説明と合わない」という疑問が出てくるものだと。)

 色に比較するとはるかに簡単な、明度についてこんな経験があります。

 以前の大失敗なのですが、皆で貴重な記念写真を撮ったとき、顔の一部に軒下にある洗濯の竿が影を落としているのを見落として撮影して、現像して顔の中心に竿の陰が真っ黒に横切っていました。確かに撮影するときはまったく気がつかなかった・・・後日同じ場所で再現してみても人の眼には竿の陰は注意しないと分からない。

 この経験は皆さんも経験があると思います。

・・・これを錯覚(錯視)と呼ぶのが正しいのか否か・・・
 照度計で計れば、影になっている部分からの光量はそうでない部分に比較してずっと少ないでしょう。←証拠写真によると(^^)
 しかし、人の目が「(物性としての)明度」を見て取ることができると考えれば、カメラはそれができないことになります。
 その現象は、ランド以前から・・写真が発明されたと同じくして知られていたはずです・・それなのに、「目に入る光量に明るさは決まる」という説明に納得して、なぜ「目は(物性としての)明るさを知ることができるのか?」という点に注意が払われなかったのでしょう???
 そのために「目のほうが錯覚(錯視)している」と決め付けてしまい貴重な体験が無になってきたのではないかと。

 (科学的な)理由を説明されればそれで納得してしまい、誰でも気づいている筈の矛盾点を見ないようにしてしまう(非科学になっている)としたら。これは考えてみる必要があるでしょう。

>ただ、基準となる目の柔軟性や錯視などの現象がおこることは、まだきちんとは解明されていないと思っており、非常に興味があります。

 錯視、錯覚はとても興味がある現象で、詳しく分類され、その仕組みも理解されるようになって来ました。それと並行し、網膜や視覚系の研究も近年大きく発展しています。でも道のりは遠い、半ばどころか入り口が分かったところかな。


____________イルカ_________________



(369)  (Re:368)
Re:目の能力の再発見
かねやん
2005年04月16日(土) 23時21分

イルカさん、こんにちは。

> これは、ひょっとして「AはBである」ゆえに「BはAである」という論理かもしれませんよ。

はい、そういう論理です。A=Bではありませんが、この論理で実用上あるていどの満足がいく写真ががとれるからこそ、みんなデジカメなどを使っているんだと思います。


>>これらの事実は科学的にきちんと説明されており、それを私は素直に受け止めています。
>
> ちょっと怖いな?
> (科学的か否かはともかく、説明されるとその何倍も「それはなぜ?」や「これは説明と合わない」という疑問が出てくるものだと。)

こういう抽象的なコメントにたいしては、コメントが難しいです。具体的に事例をあげてもらえませんか?


> 以前の大失敗なのですが、皆で貴重な記念写真を撮ったとき、顔の一部に軒下にある洗濯の竿が影を落としているのを見落として撮影して、現像して顔の中心に竿の陰が真っ黒に横切っていました。確かに撮影するときはまったく気がつかなかった・・・後日同じ場所で再現してみても人の眼には竿の陰は注意しないと分からない。
>
>・・・これを錯覚(錯視)と呼ぶのが正しいのか否か・・・
> 照度計で計れば、影になっている部分からの光量はそうでない部分に比較してずっと少ないでしょう。←証拠写真によると(^^)
> しかし、人の目が「(物性としての)明度」を見て取ることができると考えれば、カメラはそれができないことになります。

それがA=Bでない点だと思います。


> その現象は、ランド以前から・・写真が発明されたと同じくして知られていたはずです・・それなのに、「目に入る光量に明るさは決まる」という説明に納得して、なぜ「目は(物性としての)明るさを知ることができるのか?」という点に注意が払われなかったのでしょう???
> そのために「目のほうが錯覚(錯視)している」と決め付けてしまい貴重な体験が無になってきたのではないかと。
>
> (科学的な)理由を説明されればそれで納得してしまい、誰でも気づいている筈の矛盾点を見ないようにしてしまう(非科学になっている)としたら。これは考えてみる必要があるでしょう。

上記に書いたようにA=Bではありません。イルカさんの書かれているようなところが、まだ未解決なのでしょう。


>>ただ、基準となる目の柔軟性や錯視などの現象がおこることは、まだきちんとは解明されていないと思っており、非常に興味があります。

これは、同感です。このへんが解明されれば、カメラがもっと人間の視覚システムに近づくのでしょう。



(370)  (Re:369)
Re:目の能力の再発見
かねやん
2005年04月16日(土) 23時47分

イルカさん、こんにちは。

悟空さんの書き込みの本質部分(色とは何か)を、客観的にもう一度目をむけてみてはいかがでしょうか。
書き込みの中に賛成できない部分があるのは承知していますが、そのために本質部分まで色眼鏡で見ているような気がしてなりません。



(385)  (Re:370)
Re:目の能力の再発見
桑嶋幹
2005年04月17日(日) 06時13分

桑嶋です。

色の本質という話で進んできていますが、悟空さんの言われていること
は、色覚のごく基本的なことなんですよね。そこは、悟空さんが言われ
ているとおり、ある程度は規格化できています。まぁ教科書に出ている
ような話です。しかし、科学の探求の対象はさらにその先へ進んでいる
わけです。RGBで規格化できるというのはある程度は確立していますが、
それで終わりとしたら色の認知に関する仕組みは解明できないでしょう。
赤が青という話もそんな意味合いで出てきた例なんですね。

前に悟空さんに下記の質問をしたのですが、返事は頂けませんでした。

・Aさんは椎茸をうまいと思う
・Bさんは椎茸をまずいと思う

人間の味覚の仕組みは、たぶん共通でしょう。舌の細胞で感じたものが
脳で判断される・・・。しかし、同じものを食べても、うまい!と思う
人とまずい1と思う人がいます。この違いは何なのでしょう。

赤が青というのはそういうレベルでの話だと思います。極端な例ではあ
りますが、それをいつまでも間違いだと指摘しつづけるのも、何だかな
ぁと思います。



(390)  (Re:385)
Re:目の能力の再発見
悟空
2005年04月17日(日) 10時18分

>・Aさんは椎茸をうまいと思う
>・Bさんは椎茸をまずいと思う

個々人の「総合的趣味判断」にはまだ係わりたくはないので,お答えしませんでした.

むろん,椎茸はうまいと思いますし,好物のうちですから,椎茸をまずいと思う人の気が知れませんし,この設問にはずいぶん無理があると思いますので質問します.

・ホントに椎茸をマズイという人と話をしてみましたか?
・その人が椎茸をマズイと思っている理由は何ですか?
・椎茸それじしんが「マズイ」と感じられるのではなく,「調理法」や「見た目」,いわゆる「食・感」が問題なのではありませんか?

結論:「食・感」とは,視覚,聴覚,味覚,嗅覚,触覚等の基本感覚の問題ではなく,むしろ「総合的趣味判断」に属するであろう.総合的趣味判断とは,自然学固有の問題であるよりは,人間学の問題であり,人間の文化の問題である.



(378)  (Re:368)
Re:目の能力の再発見
かねやん
2005年04月17日(日) 00時36分

イルカさん、こんにちは。

> 以前の大失敗なのですが、皆で貴重な記念写真を撮ったとき、顔の一部に軒下にある洗濯の竿が影を落としているのを見落として撮影して、現像して顔の中心に竿の陰が真っ黒に横切っていました。確かに撮影するときはまったく気がつかなかった・・・後日同じ場所で再現してみても人の眼には竿の陰は注意しないと分からない。

現在のカメラ(デジカメ、銀塩)は見易い明るさに補正する機能がついていますが、これは被写体全体やある部分の見易さで感度を決めてます。これが人間の視覚システムでは、もっと細かく、特定の部分だけの感度を調整したりできるんでしょうね。


> (科学的な)理由を説明されればそれで納得してしまい、誰でも気づいている筈の矛盾点を見ないようにしてしまう(非科学になっている)としたら。これは考えてみる必要があるでしょう。

説明に納得したから、納得したわけで、盲目的に納得することは、多くの場合ありえないでしょう。納得してなくとも、試験や知識として、そのまま書いたりすることはあるでしょうね。
見ないようにしている、というよりは、反論することができない、説明が理解できないから、だまっているだけでしょう。



(383)  (Re:378)
Re:目の能力の再発見
イルカ
2005年04月17日(日) 01時42分

イルカです。

>説明に納得したから、納得したわけで、盲目的に納得することは、多くの場合ありえないでしょう。納得してなくとも、試験や知識として、そのまま書いたりすることはあるでしょうね。

 この部分は受け取り方に個人差があるので深入りしたくはないのですが、納得の部分が科学的かそうでないかの境界かと思っています。
 サイエンスの論文を見てもお分かりのように、結論は最初の抄録に書かれている「たったあれだけ」です。しかし、その根拠を示すために本文で膨大な量(それでも10年間の研究成果をまとめてある)の検証可能なように実験の詳細、参考文献です。
 その気になれば「白黒写真からカラー写真を--ランド法による実験(アマチュアサイエンス)」ジャール・ウォーカー サイエンス1979 P133-P139 のように誰でも確認できます。
 科学者と言う生き物は大変疑い深くて、納得させるのは大変ですし、その結論に至る過程や検証で納得できれば受け入れますし、そうでなければ受け付けない。

>見ないようにしている、というよりは、反論することができない、説明が理解できないから、だまっているだけでしょう。
 自分の体験と異なれば反論すればよいです。それもやはり相手が納得できるように科学的な根拠が必要です。
 説明が理解できなければ、学ぶしかない。現代科学は膨大な量のこんな作業の蓄積ですから、なにかひとつ結論を出そうとしたら大変な労力を要します。たったひとつ「色」について語るだけでも、膨大な勉強が必要です。それが嫌なら、「」


____________イルカ_________________



(384)  (Re:383)
Re:目の能力の再発見
かねやん
2005年04月17日(日) 02時28分

イルカさん、こんにちは。

> この部分は受け取り方に個人差があるので深入りしたくはないのですが、納得の部分が科学的かそうでないかの境界かと思っています。

科学的でない納得というのは、どういうことをおっしゃってるのですか?
わたしはあまり理解力がないので、具体的に書いていただくと助かります。


> サイエンスの論文を見てもお分かりのように、結論は最初の抄録に書かれている「たったあれだけ」です。しかし、その根拠を示すために本文で膨大な量(それでも10年間の研究成果をまとめてある)の検証可能なように実験の詳細、参考文献です。
> その気になれば「白黒写真からカラー写真を--ランド法による実験(アマチュアサイエンス)」ジャール・ウォーカー サイエンス1979 P133-P139 のように誰でも確認できます。
> 科学者と言う生き物は大変疑い深くて、納得させるのは大変ですし、その結論に至る過程や検証で納得できれば受け入れますし、そうでなければ受け付けない。
>
> 自分の体験と異なれば反論すればよいです。それもやはり相手が納得できるように科学的な根拠が必要です。
> 説明が理解できなければ、学ぶしかない。現代科学は膨大な量のこんな作業の蓄積ですから、なにかひとつ結論を出そうとしたら大変な労力を要します。たったひとつ「色」について語るだけでも、膨大な勉強が必要です。それが嫌なら、「」


わたしが書いた内容がまずかったのか、また「光と色」の本質から離れた議論になってきましたね。
ランドさんの記事が科学者には認められて(受け入れられて)いないということですか?
それともランドさんの実験結果をだれも科学的に検証しないということですか?
それとも、私が非難されているのかな?
上記書き込みはオブラートに包まれているものを読んでいるようで、もどかしいです。



(170)  (Re:168)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月08日(金) 17時58分

>また本物を彷彿とさせるミカンの写真もありますよね。もちろん写真と実物では、平面物と立体物の違いがあるので、すぐ見分けはつきますが。

食堂の料理サンプルは本物そっくりな形をしているので、よほど近づいて見ないと、本物と見間違いますね。



(172)  (Re:167)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月08日(金) 19時02分

桑嶋です。

> これが色を語る場合の最初のポイントです。この混乱の原因に私たち現代人
>がナトリウムランプの単色光を見て黄色く感じたり、太陽の光をプリズ
>ムでスペクトルにすると紫から赤に感じる光に分解できること、あるいはRG
>Bの3つの光で色が再現できる。・・(これらの文章は注意深く書いています
>。よく読み返してください。)・・・こんな知識があるために、光をどのよう
>に感じるかということと、色とを混乱してしまうのでしょう。


光をどのように感じるかを論じなければ、色の話はできません。色のみに
ついては考えるのであれば、「光をどのように感じるか=色」と考えても
良いと思います。もう一度、黄色の話を整理します。

・黄色いバナナががあります
・そのバナナをTVの画面に映し出します。
・実体のバナナの黄色(A)とTVの画面のバナナの黄色(B)をまった
 く同じ色に見えるように条件を整えます。
・ここに色見本があります。バナナと同じ黄色の色を選びます(C)

(A)と(B)と(C)は同じ黄色に見えます。しかし、眼に届いている
光の成分は異なります。スペクトルは違っていても同じ黄色に見えるとい
うことですね。そこを正しく理解していないというのが、イルカさんの言
われている「混乱」でしょうか。

> 不思議なことに、朝日の下であろうと、真昼の太陽の下であろうと、夕日の
>下であろうと、あるいは電球の下であろうと、蛍光灯の下であろうと、「黄色
>と言う熟れたミカンの色」を私達は知ることができます。これを写真で取ると
>とんでもない色に写っていたりした経験はありませんか?実際にそのミカンか
>らの反射光のスペクトルを比べると大きな違いがあります。

この話がいつも混線のきっかけになっているような(^_^;)

(1)白色光の成分が若干違っても私たちは同じ色として見ることができる。
(2)夕日の下では、白いものは赤っぽく見えるはずですが、私たちは周囲
   の状況と一緒に色を判断するので、白いものは白だと見分けることが
   できる(脳で補正することができると言ったらいいのかな)
(3)しかし、単色光の黄色の電灯しかない部屋の中では、物体の色は、白
   色光のもとで見える色とはまったく違って見える。白色光のもとで白
   く見える物体は黄色に、青く見える物体は黒にというように。

> 光の色の件をいったん忘れて、考えると、「色とはその物体が本来持って
>いる光に対する属性」と定義しておけば、色に対する考察を科学的に進める
>ことができるのではないでしょうか?

光の色の件を忘れるということは、色を「物体の色」に限って考えるという
ことですよね。物体の色は、減法混色で考えることができますね。物体に白
色光をあてると、物体はある光(ある幅をもった領域としておきましょう)
を吸収し、それ以外の光を反射します。私たちの眼に入ってくる光は、白色
光から物体が吸収した光を欠いた光です。その光全体で色を感じることにな
ります。私たちに見える色と、物体が吸収した光の色の関係を補色とか余色
といいますね。青と黄は補色の関係ですから、白色光のもとで青く見える物
体に黄色い光を当てると黒っぽく見えるわけです。

> 色も複数の波長の光がないと知ることはできませんが、色がなくなるわけ
>ではない。
> ・・[知ることができない]≠[存在しない]・・

物体を単色光で照らしたときに見える色も、色と言うのではでないだろうか
と思います。

物体の色は、光源・物体・視覚で決まります。光がまったくなくなれば色も
なくなりますね。光が存在しなければ、色も存在しない。光が存在しない状
態でも、そこに物体は存在します。その物体の光に対する性質は変わりませ
んが、光がないのだから色はありません。そして色は物体にあてる光によっ
ても変わってきます。白色光で赤に見える物体も、別の光源ではもはや赤色
ではなくなるということです。その赤色でない色も、色と言いますね。

イルカさんの考えている物体の色は白色光のもとでの物体の色だというのは
上記の文章でわかりますが、光源を特定して述べておかないと、また混乱の
もとになります。

>「色とは物体の持つ光に対する特性」

白色光に限った話とするのであれば、下記のようにした方がいいですね。

「私たちが見ている物体の色とは、物体の持つ白色光に対する特性」

そうしないと「色も複数の波長の光がないと知ることはできませんが」と
辻褄があいません。



(184)  (Re:172)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月09日(土) 01時28分

桑嶋さん、こんにちは。

>(2)夕日の下では、白いものは赤っぽく見えるはずですが、私たちは周囲
>   の状況と一緒に色を判断するので、白いものは白だと見分けることが
>   できる(脳で補正することができると言ったらいいのかな)

一応、白で確認してみました。
背景が白RGB=#FFFFFFに、グレーRGB=#E7E7E7の■を書くと、グレーに見えました。
ところが、背景が黒RGB=#0000に、グレーRGB=#E7E7E7の■を書くと白に見えました。
これが脳が補正している、ということですね。



(190)  (Re:184)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月09日(土) 14時35分

桑嶋です。

こちらをあわせてご覧になると、いろいろと面白いと思います。
http://www.isop.co.jp/main/sinri.htm



(200)  (Re:190)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月09日(土) 15時14分

桑嶋さん、こんにちは。

>こちらをあわせてご覧になると、いろいろと面白いと思います。
>http://www.isop.co.jp/main/sinri.htm

面白いものを見させていただきました。これを見て、いかに人間の目が柔軟性に富んでいるいるかがわかりました。
実際には進化の過程でここまで来たのでしょうが、思わず神のなせる技、と思ってしまいます。



(208)  (Re:200)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月09日(土) 16時05分

桑嶋です。

>面白いものを見させていただきました。これを見て、いかに人間の目が柔軟性
>に富んでいるいるかがわかりました。

脳が関係していますから、目が柔軟とうよりも、視覚が柔軟といっておいた
方がいいかもしれませんね。

一方、脳の働きのために、見えないものが見えたり、静止しているのに動いて
見えるというものもあります。下記のページはサイエンスフォーラムのどこか
の部屋で紹介されていました。目を回さないようご注意ください(^_^)

http://www.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/index-j.html

色も含めた解説ではここが面白いです。
http://www.brl.ntt.co.jp/IllusionForum/basics/visual/



(224)  (Re:208)
Re:ゲーテの反論
かねやん
2005年04月09日(土) 16時49分

桑嶋さん、こんにちは。

>脳が関係していますから、目が柔軟とうよりも、視覚が柔軟といっておいた
>方がいいかもしれませんね。

そうでした。頭ではそう理解していても、書くと違うことを書いている。書いたものを推敲せずに送信してるので(良くないのでしょうが)、今後もご指摘よろしくお願いします。


>一方、脳の働きのために、見えないものが見えたり、静止しているのに動いて
>見えるというものもあります。下記のページはサイエンスフォーラムのどこか
>の部屋で紹介されていました。目を回さないようご注意ください(^_^)

ご紹介あちがとうございます。あまり長時間見ないほうが良いですね。家族にも見せてやろうっと。


>色も含めた解説ではここが面白いです。
>http://www.brl.ntt.co.jp/IllusionForum/basics/visual/

お気に入りに登録しました。ぼちぼち見ていこうと思います。



(171)  (Re:165)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月08日(金) 19時01分

桑嶋です。

楊柳さんの言われていることはよくわかります。

同じ色に見えていても、色の正体、すなわち光の成分は違うということ
ですよね。同じ黄色に見えていても、単色光の黄色と、RとGで合成し
た黄色と、黄色に見える物体の黄色は、物理的に違う光だということで
しょう。同じ色に見えても、目に届いている光は違うということです。

これについては、悟空さんは、たぶん理解されています。ですから、色
の正体が何かについては、ある一定の結論にはたどりついています。

一方、イルカさんは

>緑の葉っぱを絵の具を使って、まったく同じ色に見えるように描いて
>も、葉っぱの色と描かれた葉の色は違うという意味ですよ

とおっしゃっています。これは「同じ色に見えても、色が違う」と読め
ます。この表現は何だかよくわかりません。「色は違わないでしょう」
という結論になるのが自然な反応ではないかと思います。

自分は、悟空さんは「色」を客観的に表現する手法について言及されて
いると思っています。国際照明委員会などが出している表示系などで色
は特定できるということでしょう。その第一歩として、三原色で考える
というのは間違いではありません。

そこに個体差の話や、言葉の認識の話が出てくるから、わけがわからな
くなります。ランドやゲーテの話もこれまでの話の流れを考えると、出
すべき局面はないのではと思います。話を難しくするだけです。

> こんな混乱が生じるから、「色とはなに」を決めておく必要
> があると理解していただければと思います。まず、色の問題のス
>タート地点
に立たなければ。

ということで、逆にやっとイルカさんがその立場に立ってくれたかとい
う感じも正直しているんですよね。



(178)  (Re:171)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月08日(金) 23時04分

桑嶋幹さん、イルカです。

>ということで、逆にやっとイルカさんがその立場に立ってくれたかとい
>う感じも正直しているんですよね。

 それはいえるかも知れません。最初に言っているのですけれども、その点を納得していただいていないうちに、先に話を進めてしまったのかも。


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 [理科]小中高生の理科質問箱 ・ [日常]日常の科学【理科父母】
 ̄ ̄ ̄ ̄[化学の広場]/[物理フォーラム]/[サイエンスフォーラム]共同運用になりました。 ̄ ̄ ̄

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(193)  (Re:161)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月09日(土) 14時46分

>主観的な感覚から切り離してしまわなければなりません。哲学ではないのですから・・

科学とは,万人に共通に感覚されうる事実に関わるのです.そこから切り離したら,それこそ,たんなる「インチキ宗教」になり下がりまっせ.むしろ,そうした個々に感覚される事実から,極力,個人差を切り離して,普遍的事実化する(万人に事実として認められようにするコト)必要があるのです.そのように普遍化された事実が,センス・データ(感覚与件)です.

また,哲学とは,こうして万人に感覚されうる事実を説明しうる合理的知識あるいはそうした理論(ロゴス),を愛する態度にすぎないのであって,「人間はその本性として知るを欲する」そのゆえんでしょう.

むしろ,「あなた」がいままで,たんなる感覚の個人差(主観的というより恣意的事実)「のみ」を根拠として論を立ててきたのではないでしょうか.



(221)  (Re:193)
Re:ゲーテの反論
イルカ
2005年04月09日(土) 16時42分

これはお願い。

>科学とは,万人に共通に感覚されうる事実に関わるのです.そこから切り離したら,それこそ,たんなる「インチキ宗教」になり下がりまっせ.

 「感覚から切り離したらインチキ宗教になる」だとたら、それを証明してください。科学では自説を出すときそれが誰の目にも納得できるものでなければなりません。インチキ宗教とは何かの定義も必要!

>普遍的事実化する(万人に事実として認められようにするコト)
>・・・そのように普遍化された事実が,センス・データ(感覚与件)です.

 ここは哲学を議論する場所ではないです。あなたにしか通用しない言葉や不確定な言葉の必要はありません。

>また,哲学とは,こうして万人に感覚されうる事実を説明しうる合理的知識あるいはそうした理論(ロゴス),を愛する態度にすぎないのであって,「人間はその本性として知るを欲する」そのゆえんでしょう.
 そういう説を説くこともあるのですか?
 でもここでは必要ない議論です。

>むしろ,「あなた」がいままで,たんなる感覚の個人差(主観的というより恣意的事実)「のみ」を根拠として論を立ててきたのではないでしょうか.

 どこがそうなのか示してください。

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(262)  (Re:221)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月10日(日) 11時04分

>あなたにしか通用しない言葉や不確定な言葉

が「何であるか」具体的に御指摘くださいね.単なる罵倒にはお答えしませんが,質問には誠意をもって答えさせていただきますから.

>科学では自説を出すときそれが誰の目にも納得できるものでなければなりません。インチキ宗教とは何かの定義も必要!

オウム真理教がそのよい「実・例」ですね.定義とは,あらゆる人間の共通感覚に自明であるようななこうした「実・例」を一般化して得ることができます.



(228)  (Re:193)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月09日(土) 17時14分

悟空さん、こんにちは。

><span class="reply-text">>主観的な感覚から切り離してしまわなければなりません。哲学ではないのですから・・
></span>
>科学とは,万人に共通に感覚されうる事実に関わるのです.そこから切り離したら,それこそ,たんなる「インチキ宗教」になり下がりまっせ.むしろ,そうした個々に感覚される事実から,極力,個人差を切り離して,普遍的事実化する(万人に事実として認められようにするコト)必要があるのです.そのように普遍化された事実が,センス・データ(感覚与件)です.

イルカさんの言う「主観的な感覚から切り離して」というのは、
客観的な事実を扱う、という意味のような気がします。つまり
悟空さんの言う「普遍的事実化する」と同じコトのような気が
します。
気のせいでしょうか?
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月9日(土) 17:08記



(263)  (Re:228)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月10日(日) 11時05分

>「主観的な感覚から切り離して」

主観とはその「何であるか」,また感覚とはその「何であるか」,そして,主観と感覚が切り離しうるものか否か,ということを考えてみれば,このフレーズの「奇妙さ」が「自ずから」わかるでしょう.要は,日常言語感覚の問題です.



(283)  (Re:263)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月10日(日) 15時34分

悟空さん、こんにちは。

><span class="reply-text">>「主観的な感覚から切り離して」
></span>
>主観とはその「何であるか」,また感覚とはその「何であるか」,そして,主観と感覚が切り離しうるものか否か,ということを考えてみれば,このフレーズの「奇妙さ」が「自ずから」わかるでしょう.要は,日常言語感覚の問題です.

なぜ「主観と感覚が切り離しうるか」というフレーズが出てくるのか?
が気になってしまいました。

なんとなくですが「日常言語感覚」が私と悟空さんとでは
違うのかも、という気がします。
「主観的」も「感覚」も国語辞典に載ってる程度の意味として
私は理解しているのですが。

悟空さんの日常と私の日常にはもしかしたら大きな隔たりがある
のかもしれませんね。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月10日(日) 15:23記



(356)  (Re:283)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月16日(土) 16時07分

「主・観」って,ある「主」体が「観る」ことですよ.さてモノを「見る」とは,明らかに「感覚する」ことの一種です.さて,「観る」コトと「見る」コトは,日本語常識ではどこがどう違うのかな.



(381)  (Re:356)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月17日(日) 00時47分

悟空さん、こんにちは。

>「主・観」って,ある「主」体が「観る」ことですよ.さてモノを「見る」とは,明らかに「感覚する」ことの一種です.さて,「観る」コトと「見る」コトは,日本語常識ではどこがどう違うのかな.

ああ、たぶん「感覚」の意味を微妙に取り違えている
のですね。

イルカさんの言った「主観的な感覚」というのは、
私が思うに、「ある特定の個人が目で見た、かつ
目で見えた内容だけによって(計測器などからの
データの助け無しに)認識したモノ」ということ
なのですよ。

計測器などでデータをとれば、そのデータはみんなが
認める事実、私の言う客観的事実になる、科学は
それをもとに構築していくモノだ。

ということで、その客観的事実ってのは悟空さんの
言う「普遍的事実」のことなんじゃないかな。
と思うのです。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月16日(土) 23:51記



(387)  (Re:381)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月17日(日) 10時16分

>計測器などでデータをとれば、そのデータはみんなが
>認める事実、私の言う客観的事実になる、科学は
>それをもとに構築していくモノだ。

それは大きな勘違いです.機械よりは人間の感覚のほうがよほど信頼できるデータをだすことができるのですし,データの「正しさ」の最終判断は,あくまで人間が目でみて下すのです.つまり,自分の目でみて,それを客観的なモノに「する」という努力が必要なのです.測定器まかせなどは大失敗のもとです.

論より証拠.百聞は一見にしかず.



(399)  (Re:387)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月17日(日) 11時17分

悟空さん、こんにちは。

><span class="reply-text">>計測器などでデータをとれば、そのデータはみんなが
>>認める事実、私の言う客観的事実になる、科学は
>>それをもとに構築していくモノだ。
></span>
>それは大きな勘違いです.機械よりは人間の感覚のほうがよほど信頼できるデータをだすことができるのですし,データの「正しさ」の最終判断は,あくまで人間が目でみて下すのです.つまり,自分の目でみて,それを客観的なモノに「する」という努力が必要なのです.測定器まかせなどは大失敗のもとです.

測定器の意義を認めていただいてありがとうございます。

ふとこないだTVで見た捏造論文の番組を思い出しました。
シェーン博士(元)がベル研に所属してたときの超伝導など
の論文の話。

測定器や実験機器は単なる道具であって、それを操る人間
にこそ、罪や功績は在る。と感じます。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月17日(日) 11:03記



(403)  (Re:399)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年04月17日(日) 11時54分

人間じしんが測定器の「中心」にいてはじめて「科学する」ことができる.



(410)  (Re:403)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月17日(日) 13時02分

悟空さん、こんにちは。

>人間じしんが測定器の「中心」にいてはじめて「科学する」ことができる.

測定器の意義に同意いただいたようですね。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月17日(日) 12:50記



(417)  (Re:129)
Re: ゲーテの反論
リリーマルレーン
2005年04月20日(水) 19時59分

A君にとっての赤いリンゴとBさんにとっての赤いリンゴが、果たして同じ色合いに見えているのか、「思いつき」で疑問を投げかけた、張本人です。

お断りしておきますが、赤いもの青いと言い張っているわけではありません。(^^ゞ

外界からの刺激(赤色)が入力され、それが「赤い」と出力(言葉なり文字なりで)される際に、網膜から脳内での処理は本人以外にはまったくわからないので、たとえば人によっては別の色彩感覚として処理されている可能性を示唆したつもりです。
極端なたとえとして、A君は赤いリンゴを「赤い」と感じたまま脳内で処理し、「赤いリンゴ」と表現するのに対して、Bさんは、もしかすると赤いリンゴを見て(脳内の処理は)A君の基準でいう「青い」と感じているものの、このリンゴが「赤い」と学習しているので、表現は「赤いリンゴ」となっている可能性を排除できないと考えました。

別のたとえでいえば、「11」という数字の並びを見たときに(10進法で脳内処理する)A君は、「十一(じゅういち)」と判断して処理を進め、表現としては「11」になります。一方(2進法で処理を進める)Bさんは、「11」という数字の並びを見たときに「三(さん)」と判断して処理していきますが、表現はやはり「11」となるのと、同列ではないかとの意見も述べました。

どちらも、外界からの刺激に対する表現形式にはまったく違いがないにもかかわらず、脳内の処理形式が違っている可能性を例示したつもりです。

もちろん、ここまで極端なことはありえないとは思いますが、たとえば「赤」を多少ピンクがかった「桃色」と認知しながら、処理が進んでいる可能性はあると思います。

同一の外界からの刺激に対して、A君もBさんも同じ表現で答えますが、たとえばそれに伴う感情がまったくは同じではないことの一つの回答への手がかりかもしれません。



(418)  (Re:417)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月20日(水) 21時55分

桑嶋です。

>外界からの刺激(赤色)が入力され、それが「赤い」と出力(言葉なり文字な
>りで)される際に、網膜から脳内での処理は本人以外にはまったくわからない
>ので、たとえば人によっては別の色彩感覚として処理されている可能性を示唆
>したつもりです。

色の感覚のメカニズム(網膜から脳内での処理)についてはある程度は
わかってきていると思います。ですから刺激が脳に伝わるまでのメカニ
ズムは人によって大きく違うということはないでしょうね。問題は、赤
の刺激を「赤」という言葉に結びつけるところでしょうね。

>別のたとえでいえば、「11」という数字の並びを見たときに(10進法で脳内
>処理する)A君は、「十一(じゅういち)」と判断して処理を進め、表現として
>は「11」になります。一方(2進法で処理を進める)Bさんは、「11」とい
>う数字の並びを見たときに「三(さん)」と判断して処理していきますが、表
>現はやはり「11」となるのと、同列ではないかとの意見も述べました。

色の例にあてはまえると、「赤色」を「青色」と学習してきた人がいれば(そ
んな人はまずいないでしょうが)、その人は赤色を見て青色だと判断しますね。

今回の色の話では、あまりこの部分には深入りしない方がよいです。



(419)  (Re:418)
Re:ゲーテの反論
リリーマルレーン
2005年04月20日(水) 21時58分

了解しました。



(422)  (Re:417)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月24日(日) 10時22分

>どちらも、外界からの刺激に対する表現形式にはまったく違いがないにもかかわらず、脳内の処理形式が違っている可能性を例示したつもりです。

その「可能性」は皆無にもかかわらず,「なぜ」そうした可能性を「あえて」呈示されようとするのか?

それは,ある特定の人が,「外見上まったく健常」であるにもかかわらす,その人の脳内の処理形式「だけ」が「病的である」といっていることと等しい.いわば特定の人の「脳の異常」を言い立てていることになる.

あなたの発言は,「特定の人」と,普通一般人とは「外見上はまったく変わりがない」がしかし「脳の処理形式『だけ』が違う」といってることになるのだ.

なんらの科学的根拠なくして,他者の脳が「異常だ」と決めつけてはならないのです.「科学フォーラム」においてこうした「非常識」が,非常識とまったく意識されずに語られているのにたいへん驚いている次第です.



(432)  (Re:422)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年04月24日(日) 10時52分

悟空さん、こんにちは。

>その「可能性」は皆無にもかかわらず,「なぜ」そうした可能性を「あえて」呈示されようとするのか?

皆無では無いような

>それは,ある特定の人が,「外見上まったく健常」であるにもかかわらす,その人の脳内の処理形式「だけ」が「病的である」といっていることと等しい.いわば特定の人の「脳の異常」を言い立てていることになる.

なりませんって
(^^;)

※ 個人差を「異常」とか「病的」とか表現して個性を殺すって考え方は、アレだね、ファシズム。
(いや、ソレは違う)
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年4月24日(日) 10:38記



(435)  (Re:422)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月24日(日) 17時33分

桑嶋です。

>なんらの科学的根拠なくして,他者の脳が「異常だ」と決めつけてはならない
>のです.

誰もそんな話はしていないと思います。というか、個人差について
言及している話を、上記のように受け取ってしまっているのは悟空
さんだけのように思います。

十人十色、千差万別だと言っているだけではないでしょうか。
同じ刺激を受けても、個人個人で受け止め方は違ってきます。
夕焼けを見て、空が真っ赤だという人もいるだろうし、オレンジ色
だという人もいるでしょう。色でわかりにくければ、味覚で考えて
みればいいのです。その人の知識、経験なども含めた記憶から、人
それぞれ受け止め方が違ってくるのです。人によって同じなわけが
なく、正常、異常とかという話に結びつけてもしょうがありません。

悟空さんが言及されてきているのは、目に入った光がどのように信
号処理されて視神経を通って脳に伝わるかですね。これについては
だいぶ分かってきていると言えるでしょう。人によって仕組みがま
ったく違うということはないでしょう。しかし、リリーマルレーン
さんが言われているのは、脳に関係するもっと深い部分の話です。
そこを理解しないと、この話はいつまでたっても平行線です。議論
を続けてもあまり意味はありません。



(440)  (Re:435)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年04月29日(金) 12時24分

>人によって同じなわけが
>なく、

どうして,それが,そんなに安易に,「断定できる」のですか?

ある場所である時刻に起こる「一つの」事象である夕焼けは,万人にとって全く同じで<ない>か,全く同じで<ある>かのどちらかでしょう.全く同じでないなら,万人が全く異なる夕焼けを見ていることになるでしょう.

ある場所で「ただ一つの」夕焼けの風景を見ている多くの人がいたとしましょう.すると,その多くの人が,その人数分だけの異なる夕焼けの存在を主張すれば,その人の数だけの「多くの」夕焼けがあることになるでしょう.すると,多=1,が結論されてしまうでしょう.

これに反論がありますか?
それって,ホントなのかしら?
それってホントに科学的なのかしら?

私たちは「実は」ただ一つの自然のうちに,つまりただ一つの地球に住んでるのに,あなたは人びとがそれを全く異なって感覚している「かもしれない」という「単なる可能性」を断定的に言い立てて,結局,それぞれの個人が「全く違う世界」に住んでいると「思う」ことを安易に許してしまっているのではないでしょうか.

これは「個人の信念を『絶対視』する悪しき意味での人間中心主義」で,宗教系フーォラムで典型的に見られました.それこそはインチキ宗教の「巣」であり正体だったでしょう.

私は,私たちがその中に生きているところの「ただ一つ自然」,「ただ一つの地球」,「ただ一つの宇宙」だけが<実在する>と主張しているだけです.ある場所とある時間には,「たった一つの夕焼」が<ある>,と.このように,「『ただ一つの自然存在』のうちなる『私たち個々の人間存在』」を仮説しませんと,どんな自然科学も全く成立しえないはずです.

「たった一つの自然現象」が,多くの人びとの,多くのココロに,それぞれ全く異なって感覚されているに「違いない」とあなたは言い立てる.しかし,それに学的根拠は<全く・ない>ですよ.

それは「単にあなたがそう妄想している」だけなのではないのかしら?



(442)  (Re:440)
Re:ゲーテの反論
桑嶋幹
2005年04月29日(金) 20時43分

桑嶋です。

やっぱり議論を続けてもあまり意味がなさそうですね。
この件では、悟空さんと話がかみ合うことはないと思
いますので、やめにします。



(451)  (Re:442)
不可識別性同一の原理
悟空
2005年05月01日(日) 11時59分

私は誰に反論しているわけでもありません.私がいいたかったいことはたいへん単純なことです.

「一つの夕焼け」を,それこそイロイロなコトバで表現することは,それこそは個人の表現の自由に属します.実際,一つの夕焼け現象といいましても,黄色,オレンジ色,赤色,そして深赤色へ,とイロイロ変化していきますし,人はイロイロな想いをもってその「一つの夕焼け」現象を見ますから,そこからイロイロな印象を受けるだろうことは極め付きの「あたりまえ」でしょう.

しかし,イロイロの人が,イロイロなことをいうけれども,それが「一つの夕焼けを見る」という自然現象にキチンと対応していると思われるのなら,他人のそのイロイロな表現を,「誤り」だとか,「間違ってる」とか「正しくない」だのと「断定する」ことは,それこそは「全く・正しくない」と,私は思うのです.

一つの夕焼けを見てある人に「きれいな『赤』ね」といわれて「あなたは間違ってます.あれは『紅』といわねばなりません」というヤツは,単なるアホでヤボと言われるでしょう.

こうしたことは,よ〜くよく理解されていることでしょうから,もう一度「問題の発端」をキチンと整理させていただきます.

ある人が「私」にとって「赤」と見えるモノを見て,それを「赤」といったとしたら,それはきわめて「正しい」と「私」は素直に判断します.「私」とその人は,同一の「赤」現象を見ているのです.これが自然科学の基礎である「不可識別性同一の原理」です.これまでを否定したら自然科学が全く成立しませんよ.

これに反対して,その人が「私」にとっての「赤」を「実は・青」に「間違って」見ているのであって,しかもさらに「実は・青」が「赤」という言語と「間違って」習慣的に結びついているから,それを「赤」というのだ,説明するのは,それこそ「認知科学以前の無理難題」であって,「二重の間違い」でしょう.



(452)  (Re:435)
Re:ゲーテの反論
悟空
2005年05月01日(日) 11時59分

>しかし、リリーマルレーン
>さんが言われているのは、脳に関係するもっと深い部分の話です。

「もし」ホントにそうだとしたら,それこそは「大問題」ですよ.色を判断理解しそれを言語と結びつける「しくみ」が個人個人でみんな違っていたら,そもそも認知科学なるモノが全く成立しないでしょう.

認知科学者は,「全人類に共通」な色の認知の「しくみ」があるに違いない,と確信して,その研究をしてきたことでしょうにねぇ.



(454)  (Re:452)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年05月01日(日) 12時33分

悟空さん、こんにちは。

>認知科学者は,「全人類に共通」な色の認知の「しくみ」があるに違いない,と確信して,その研究をしてきたことでしょうにねぇ.

認知科学者は、しかし同時に個人差があるということも確信している
という気がします。

そして、もっともっと解明されるまでは、どっちの確信も妄想と
ある意味同義である(証明できない)と自覚しているような気も
します。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月1日(日) 12:26記



(456)  (Re:454)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年05月01日(日) 13時41分

客観的個人差とは,共通の客観的測定基準が設定されてはじめて測定することができます.

ナチは,ユダヤ人とアーリア人の人種「差」を「科学的に」証明しよとヤッキになったようです.個人的差異の「存在」を証明するために科学を使おうなんてこと自体が,それこそ「狂気の沙汰」でしょう.



(457)  (Re:456)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年05月01日(日) 15時18分

悟空さん、こんにちは。

>ナチは,ユダヤ人とアーリア人の人種「差」を「科学的に」証明しよとヤッキになったようです.個人的差異の「存在」を証明するために科学を使おうなんてこと自体が,それこそ「狂気の沙汰」でしょう.

「人種差」の話と「個人差」の話が混同されているような
気がします。
ナチの行為が「狂気の沙汰」だとしても、それは個人的差異
を証明しようとしたモノではないのでしょ?

また人種とか国による差についても、
例えば平均身長や平均体重や平均寿命は国によって
また性別によって差異があると思うのですが、その差異の
存在を科学的に証明するのが「狂気の沙汰」なのでしょうか?

差異があるのは歴然とした事実なので、いまさら科学的手法
とか持ち出すのが狂気の沙汰だとかいう話なのでしょうか?

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月1日(日) 15:07記



(458)  (Re:457)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年05月01日(日) 16時04分

ナチは,たんなる個人差にすぎないものを人種差と「拡大解釈」しようとした,ということでしょ.

典型的なアーリア人は金髪碧眼で美しく知能が高い,他方,ユダヤ人の目は灰色で髪は褐色で醜く知能が低い,とかね.ところが,目や髪や知的能力などの人類共通の「しくみ」にはなんら差異がなかったわけだ.人種という概念がそもそもマヤカシだったのであって,生物学的には,人類は一つの種に属することがますますハッキリしてきた.

それで,どちらかの両親だかにユダヤ人がいた者はユダヤ人とみなして強制収容所へブチこむような乱暴なことをしたわけさ.



(459)  (Re:457)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年05月01日(日) 16時57分

>平均身長や平均体重や平均寿命は国によって
>また性別によって差異があると

とおっしゃるが,平均値の差よりは,個人差のほうがはるかに大きいよ.個人差からいったら,「あなた」のご友人は,「あなた」とは,異人種の平均の差以上の差があることでしょう.

また,個々人の寿命にしたって,交通事故にあうあわないなどの「単なる偶然」によって,天と地ほどの違いがあるでしょう.



(460)  (Re:459)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年05月01日(日) 20時47分

悟空さん、こんにちは。

>とおっしゃるが,平均値の差よりは,個人差のほうがはるかに大きいよ.個人差からいったら,「あなた」のご友人は,「あなた」とは,異人種の平均の差以上の差があることでしょう.

個人差の存在を認めていただけたようでほっとしました。


  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月1日(日) 20:36記



(462)  (Re:460)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年05月07日(土) 10時34分

>個人差の存在

個人差ってのはね,恣意的基準のとり方で「どうにでもなる」ということです.基準のとりかたしだいで「あったり」「なかったり」する,そんなイイカゲンなものを「存在」とはいいません.

あり・かつ・あらぬ・ものは・あらぬ,これは矛盾律といって,論理のイロハですよ.

ある人が,一つのモノを見て,それを美しいと言った.他の人がそれを見て,美しく「ない」,と言ったとする.これが個人差の「存在」だとしたら,その一つのモノが美しくも「ある」し,かつまた,美しくも「ない」ことになるでしょう.「あなたたち」が「科学」と称して言い立ててきたのは,結局,この類のヨタ話にすぎません.

「ある」のでも「ない」のでもないようなしろもノは,矛盾律によれば,「存在しない」のです.「存在しない」ものを「ある」と無理矢理言い立てるのが「嘘」です.



(463)  (Re:462)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年05月07日(土) 13時32分

悟空さん、こんにちは。

>個人差ってのはね,恣意的基準のとり方で「どうにでもなる」ということです.基準のとりかたしだいで「あったり」「なかったり」する,そんなイイカゲンなものを「存在」とはいいません.

ナニか勘違いしているような

>ある人が,一つのモノを見て,それを美しいと言った.他の人がそれを見て,美しく「ない」,と言ったとする.これが個人差の「存在」だとしたら,その一つのモノが美しくも「ある」し,かつまた,美しくも「ない」ことになるでしょう.「あなたたち」が「科学」と称して言い立ててきたのは,結局,この類のヨタ話にすぎません.

『美しさ』というモノは科学では扱えない。
科学で扱うのは誰が観測しても同じ数値が得られるような、
そういう計測可能な対象に限られる。

悟空さんの主張はそういうことでしょうか?

そして科学の対象になるモノしか「存在」しない。
そういう主張なのでしょうか?

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月7日(土) 12:57記



(464)  (Re:463)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年05月07日(土) 14時58分

「存在する」ということを,ロゴス的(言論的)にとらえると,「存在する」モノは,「永遠に存在する」モノでなければなりません.したがって,ある人が「ある」という,他の人がそれについて「ない」という,そうした相対的な妄想の類のモノは,なんら「存在する」とも,それが真理であるとも,いうことは全くできないでしょう.

言論においては,
ある=ある,
ない=ない,
A=A,
存在=存在,
非存在=非存在,
でなければなりませんし,あらゆる言論において,これにどんな例外が許されるでしょうか.

ところが,「あなたたち」ときたら,
Aは「このモノは・美しい」となにがなんでも主張しようとするし,
Bは「このモノは・美しくない」となにがなんでも主張しようとするし,
あげくの果てには,個人の主観が「絶対的基準」なんだから,AとBの両方ともが絶対に正しいと「言い張る」わけだからねぇ.

ゆえに,「あなたたち」の「科学的」と称する変なシロモノによれば,美しい=美しくない,が立派に結論されてしまうでしょうね.

ところが,美しくて・かつ・美しくないモノなどは,この世には全く存在しませんから,このモノは(ロゴス的には)「存在しない」と「言われねばならない」ということになります.つまり,個人差が「存在する」などと主張するならば,世の中には,何ひとつ真理となる基準は「存在しない」ということになるでしょうね.つまり,個人差を「存在する」と称するなどは,科学の自殺行為であって,それは,真っ向から科学的真理を否定することになります.

個人差とは「かりそめの現象にすぎない」のであって,存在するようなものでもなければ,なんらの真理でもないのです.



(465)  (Re:464)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年05月07日(土) 16時37分

悟空さん、こんにちは。

>「存在する」ということを,ロゴス的(言論的)にとらえると,「存在する」モノは,「永遠に存在する」モノでなければなりません.

なるほど、前提条件が違うようですね。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月7日(土) 16:20記



(466)  (Re:465)
Re3: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年05月07日(土) 17時00分

楊柳(やなぎ)さん、こんにちは。

ふと、地球とか太陽とか宇宙とかは「存在する」のかどうか
問うてみたくなりました。ロゴス的に。

まぁ愚問かもしれませんが。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月7日(土) 16:57記



(467)  (Re:466)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年05月07日(土) 18時40分

宇宙も太陽も地球も生成したものであり,いつかは消滅していくものであることは今や明らかです.しかし,ロゴス的にいえば,生成するモノも消滅するモノも,「存在しない」モノに分類されてしまうのですよ.

ロゴス的にいうと,生成する,ということは,<あらぬ>ものから<ある>ものになることです.しかし,ロゴスにおいては,<あらぬ>ものは<あらぬ>のであり,<ある>は<ある>のですから,生成するモノなどは,ロゴスの世界には「全く・存在しない」.

同様に,消滅する,ということ,<ある>ものが<あらぬ>ものになることであり,ロゴス的にはそんなことは全くありえませんから,消滅するものもまたロゴスの世界には「全く・存在しない」.



(468)  (Re:467)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年05月07日(土) 21時48分

悟空さん、こんにちは。

>宇宙も太陽も地球も生成したものであり,いつかは消滅していくものであることは今や明らかです.しかし,ロゴス的にいえば,生成するモノも消滅するモノも,「存在しない」モノに分類されてしまうのですよ.

やはりそうでしたか。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月7日(土) 21:24記



(469)  (Re:462)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年05月08日(日) 13時15分

悟空さん、こんにちは。

>個人差ってのはね,恣意的基準のとり方で「どうにでもなる」ということです.

基準が恣意的である必然は無いと思います。
もちろん恣意的基準を使うこともできますが、それは
個人差でなくても、あらゆるモノに使えます。

>基準のとりかたしだいで「あったり」「なかったり」する,そんなイイカゲンなものを「存在」とはいいません.

いろんな基準があっても構わないように思います。
例えば金銭的価値という基準、例えば質量という基準、
例えば長さという基準、例えば学校の成績という基準、
例えば美しさ……これは基準と言えるかどうか要検討
かもですが。

いろんな基準を認めないという立場は、唯一の基準を
すべてのモノに使うということかと思いますが、明らかに
無理なことです。そんな基準はそれこそ存在しないで
しょう。だれかの妄想の中になら在るかもしれませんが。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月8日(日) 13:00記



(470)  (Re:469)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年05月08日(日) 14時26分

>例えば金銭的価値という基準、例えば質量という基準、
>例えば長さという基準、例えば学校の成績という基準、
>例えば美しさ……これは基準と言えるかどうか要検討
>かもですが。

やれやれ,やっとここまできましたか.

それらは,「美的基準」(カントは,美的基準としては「自然」を立てていますが).を除き,すべてがロゴス的基準であり,いわゆる客観的基準,共通的基準に属しますよ.つまり,1は1,の世界です.

金銭単位や質量や長さ(外延),学校の成績(点数),これらはあなた一人の恣意的な妄想によって,あるいは個人差によって,コロコロと変えられるようなシロモノでは全くありませんよ.



(471)  (Re:470)
Re2: ゲーテの反論
楊柳(やなぎ)
2005年05月08日(日) 15時12分

悟空さん、こんにちは。

>それらは,「美的基準」(カントは,美的基準としては「自然」を立てていますが).を除き,すべてがロゴス的基準であり,いわゆる客観的基準,共通的基準に属しますよ.つまり,1は1,の世界です.

金銭というのはロゴス的に「存在」するモノなのでしょうか?
学校というのはロゴス的に「存在」するモノなのでしょうか?

ロゴス的と称する基準によって個人差を測ることは不可能なのでしょうか?
ロゴス的な基準によって測った個人差は「存在」しないのでしょうか?
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月8日(日) 14:43記



(472)  (Re:471)
Re: ゲーテの反論
悟空
2005年05月08日(日) 15時59分

>金銭というのはロゴス的に「存在」するモノなのでしょうか?
>学校というのはロゴス的に「存在」するモノなのでしょうか?

なかなかいいところまできましたね.

金銭と呼ばれるモノは,金銭と呼ばれることから離れては,金銭としては「存在しない」のです.
学校と呼ばれるモノは,学校と呼ばれることから離れては,学校としては「存在しない」のです.



(474)  (Re:472)
詭弁の恥はかきすて?
楊柳(やなぎ)
2005年05月09日(月) 01時18分

(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月9日(月) 01:16記



(476)  (Re:474)
自然な結論
悟空
2005年05月14日(土) 11時08分

一つの自然と呼ばれるモノがあって,それをただ一つの妥当なコトバで記述するコト,が自然科学だろう.その一つのモノが個人によって多くのモノに記述できたり,それを記述するコトバに個人差があってそれぞれが勝手にその「正しさ」や「存在」を主張しだしたりしたら,そもそも自然科学が成立するはずがないだろう.

一つの自然のみが「存在する」のであって,その必然なるモノと,それを人間たちが自らのために記述しようとするコトと,それを記述するコトバとは,自然必然において一致していなければならないし,そこに個人差などはあってはなら「ない」.

たったそれだけのことさ.



(477)  (Re:476)
Re: 自然な結論
楊柳(やなぎ)
2005年05月14日(土) 12時03分

悟空さん、こんにちは。

>一つの自然と呼ばれるモノがあって,それをただ一つの妥当なコトバで記述するコト,が自然科学だろう.その一つのモノが個人によって多くのモノに記述できたり,それを記述するコトバに個人差があってそれぞれが勝手にその「正しさ」や「存在」を主張しだしたりしたら,そもそも自然科学が成立するはずがないだろう.

いろんな学説が考えられては検証され、消えたり変化したり
あらたに考え出されたりしているのが自然科学の現状でしょう。

学説の多様さを認めることができないような狭量な考え方は
あまりよろしくないように思います。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月14日(土) 11:52記



(478)  (Re:477)
Re:自然な結論
悟空
2005年05月21日(土) 10時22分

自然に関する学説(ロゴス)は各人各様,それこそ多様であっていいわけですが,私たちがそうした多様な言論によって各人多様に説明しようとする自然な「存在」とは,やはりただ一つでしょう.ですから,そうしたただ一つの自然にふさわしい,ただ一つの自然のロゴスが探求されうるのです.

私たちは,自分のココロの空想物であるところの各人各様,多様なロゴス空間を生きているように「思って」いるだけです.しかし,「実は」,ただ一つの共通な自然な存在の「中に」あってはじめて生きているといえるのです.

ただ一つのかけがえのない地球に,多様なイノチをもつモノや,多様ココロをもつモノたちが生きている,そこにはただ一つの自然のコゴスがあるに違いない,ということが自然科学が可能であることの前提でしょう.



(479)  (Re:478)
Re2: 自然な結論
楊柳(やなぎ)
2005年05月21日(土) 13時15分

悟空さん、こんにちは。

>ただ一つのかけがえのない地球に,多様なイノチをもつモノや,多様ココロをもつモノたちが生きている,そこにはただ一つの自然のコゴスがあるに違いない,ということが自然科学が可能であることの前提でしょう.

命持つモノ、心持つモノたちはしかし、ロゴス的には存在しないらしいですね。ということで自然のロゴスを探求するに当たっては命や心の多様性については無視してしまう。多様性に関する研究や論説はロゴスとは関係の無い(非科学的な)モノと断じる。それが自然科学の姿なのでしょうか?
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月21日(土) 12:57記



(480)  (Re:479)
Re: 自然な結論
悟空
2005年05月21日(土) 14時34分

ロゴス的に「存在する」とは,<ある>は<ある>わけだから,永遠に<ある>はずだろう.しかし,永遠のイノチなど,どこに「存在する」というのか?

今世に<ある>といわれる,あらゆるイノチあるモノは,生まれては必ず,老い,病み,死んでいく.つまり,それらは仮に<ある>といわれるものなのであって,ロゴス的なつまり「永遠な存在」などでは,<全く・ない>というにすぎない.

一つの自然があるから,多様なイノチがあるわけだろう.多は1から生じるのだよ.そうした多様なイノチも,一つの地球が生み出したものではないのかい.



(482)  (Re:480)
Re2: 自然な結論
楊柳(やなぎ)
2005年05月21日(土) 16時02分

悟空さん、こんにちは。

>今世に<ある>といわれる,あらゆるイノチあるモノは,生まれては必ず,老い,病み,死んでいく.つまり,それらは仮に<ある>といわれるものなのであって,ロゴス的なつまり「永遠な存在」などでは,<全く・ない>というにすぎない.

ロゴス的な「存在」てのはそういうモノだと聞きました。人間という種もその他の動物種やら植物種やらも、同様に存在しないモノなのでしょう。ということはそれらを研究する生物学もロゴス的には無意味な感じですね。それを悟空さんは「非科学的」と称しているような気がします。

>一つの自然があるから,多様なイノチがあるわけだろう.多は1から生じるのだよ.そうした多様なイノチも,一つの地球が生み出したものではないのかい.

地球も永遠なモノではありませんから、ロゴス的には存在しないですね。たぶん。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月21日(土) 15:44記



(484)  (Re:482)
Re: 自然な結論
悟空
2005年05月22日(日) 11時00分

「非科学的」なんて類の「非科学的な用語」は使った覚えがありませんけどねぇ.

そもそも,あなたの仰る「科学的」ってどういうことですか?

私は,科学=万人が共有すべき健全な知識教養,の意味で使っています.



(486)  (Re:484)
Re2: 自然な結論
楊柳(やなぎ)
2005年05月22日(日) 13時09分

悟空さん、こんにちは。

>「非科学的」なんて類の「非科学的な用語」は使った覚えがありませんけどねぇ.

やっぱり悟空さんの記憶力というか忘却力は私の思っている通りですね。ある意味敬服に値するかもしれません。検索してみれば簡単にバレることですのに。あ、しばしば「非・常識」とかナカグロを入れたコトバを遣ってるのは、こういうときの検索エンジン対策なのでしょうか?
(^^;)

>私は,科学=万人が共有すべき健全な知識教養,の意味で使っています.

「万人」ですか、そして「すべき」ですか、さらに「健全な」ですか、ふ〜ん
どんな物差しでそれを測るのか、誰が測れるのか、心配になってしまいますね。傲慢な神様あたりにしか測れないような気がするです。
(^^;)

# で、「科学的」となったらどうなるのでしょうか?
# (^^;)

もしかしたら単純な科学万能主義なのでしょうか。私が「科学的」って言うときには、まあおおむね国語辞典の記述と同じなのですがとくに「検証が可能であること」を重視してます。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月22日(日) 12:36記



(488)  (Re:486)
Re: 自然な結論
悟空
2005年05月29日(日) 14時15分

おやおや,三角定規も使ったことないのかしらね?

どんな三角定規も,2等辺直角三角と,正三角形を二等分した直角三角形になっています.これが「健全な常識」の1例です.別に神様や偉い人が決めたわけじゃなくって,この世界がモトモト自然にそうなってるわけですよ.

「1」は「1」です.これも「健全な常識」の1例です.別に神様や偉い人が決めたわけじゃなくって,この世界がモトモト自然にそうなってるわけですよ.

「1+1=2」です.これも「健全な常識」の1例です.別に神様や偉い人が決めたわけじゃなくって,この世界がモトモト自然にそうなってるわけですよ.

「数nには,『必ず』次の数であるn+1がある」ハズです.これも「健全な常識」の1例です.別に神様や偉い人が決めたわけじゃなくって,この世界がモトモト自然にそうなってるわけですよ.そして,このような法則を満たす数を,自然数,つまり自然な数,というのです.そして,数とは,ロゴスの一種です.

自然本来がもつロゴスであり言葉である,それが自然数です.



(490)  (Re:488)
Re2: 自然な結論
楊柳(やなぎ)
2005年05月30日(月) 07時31分

悟空さん、こんにちは。

>どんな三角定規も,2等辺直角三角と,正三角形を二等分した直角三角形になっています.これが「健全な常識」の1例です.別に神様や偉い人が決めたわけじゃなくって,この世界がモトモト自然にそうなってるわけですよ.

三角定規は自然にそのカタチになった。というのはなかなかスゴい主張ですね。まぁ、人間も自然の一部である、というのは私もその通りだとは思いますが。微笑ましく思いました。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月30日(月) 04:57記



(492)  (Re:490)
Re: 自然な結論
悟空
2005年06月04日(土) 14時20分

「自然な」三角形が「不自然な」三角形であるはずもないでしょ.



(494)  (Re:492)
Re2: 自然な結論
楊柳(やなぎ)
2005年06月04日(土) 18時06分

悟空さん、こんにちは。

>「自然な」三角形が「不自然な」三角形であるはずもないでしょ.


いや、ことば遊びには興味はありません。
(^^;)

# 実はちょっとあったりして。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年6月4日(土) 17:44記



(496)  (Re:494)
Re: 自然な結論
桑嶋幹
2005年06月05日(日) 05時08分


                    ・・・・・・・
三角定規ってのは、下記のページにあるようしてあるんですね。
http://www.nikonet.or.jp/spring/sanae/MathTopic/jyougi/jyougi.htm



(497)  (Re:496)
Re:自然な結論
悟空
2005年06月05日(日) 12時18分

三角定規の由来は,プラトン『ティマィオス』にもありますよ.火,空気,水の原子の構成要素が,正三角形を二等分した直角三角形で,土の原子の構成要素が,直角二等辺三角形とされます.



(481)  (Re:479)
Re: 自然な結論
悟空
2005年05月21日(土) 14時49分

なんでも,チンパンジーの知能は三歳児なみだそうだ.そうすると,「あなた」は,三歳以下のときには,チンパンジー以下の知能しかなかったわけだろう.

あらゆる赤ちゃんの知能は,明らかにチンパンジー以下だろう.だからといって,人間の知能がチンパンジー以下だ,ということにはならないだろう.

人間の個体差で「あなた」のいちばん気になるのは知能だろう.しかし,そもそも,知能って何だ? それを測る客観的基準など<ある>のかね?

おまえさんのしきりにいってる「個体差」などは,この手の「真っ赤な嘘」にすぎないだろうね.



(483)  (Re:481)
Re2: 自然な結論
楊柳(やなぎ)
2005年05月21日(土) 16時02分

悟空さん、こんにちは。

>人間の個体差で「あなた」のいちばん気になるのは知能だろう.しかし,そもそも,知能って何だ? それを測る客観的基準など<ある>のかね?

どんなことを話すか、聞いた内容を理解できるか、どの程度の計算が出来るか、歴史を知っているか、社会のしくみを知っているか、法律を知っているか、学校の成績はどの程度か、資格試験に合格したか、どんな資格を持っているか、どんなウソをつけるか、見抜かれないウソをつけるか、論争で負けそうなとき相手を煙に巻くことができるか、などなど

知能を測る方法はいろいろあるように思います。
もちろん、すべてヒトが考えてヒトが測るものであり、文化や文明によって違うものですし、なにより人類という種がロゴス的には「存在」しませんから、基準は「存在」しないかもしれません。

>おまえさんのしきりにいってる「個体差」などは,この手の「真っ赤な嘘」にすぎないだろうね.

そうですね。ロゴス的に「存在」はしないかもしれませんね。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月21日(土) 15:50記



(485)  (Re:483)
Re: 自然な結論
悟空
2005年05月22日(日) 11時01分

>どんなことを話すか、聞いた内容を理解できるか、どの程度の計算が出来るか、歴史を知っているか、社会のしくみを知っているか、法律を知っているか、学校の成績はどの程度か、資格試験に合格したか、どんな資格を持っているか、どんなウソをつけるか、見抜かれないウソをつけるか、論争で負けそうなとき相手を煙に巻くことができるか、などなど

そんなシロモノを「永遠不変なロゴス」として崇め奉ってはいけませんね.

これらは,人びとが社会生活を営みはじめてから発生した,いわば人間を機能的に分類選別する方法でありまして,それらが自然本来のロゴスとどんな関係にあるか,については,人間学や社会学において,十分な吟味を要することでございましょう.



(487)  (Re:485)
Re2: 自然な結論
楊柳(やなぎ)
2005年05月22日(日) 13時09分

悟空さん、こんにちは。

>そんなシロモノを「永遠不変なロゴス」として崇め奉ってはいけませんね.

へ? 
誰か「永遠不変なロゴス」を崇め奉ってるヒトがいるのですか?
私はロゴスには興味ありません(価値を見いだしていません)。

>これらは,人びとが社会生活を営みはじめてから発生した,いわば人間を機能的に分類選別する方法でありまして,それらが自然本来のロゴスとどんな関係にあるか,については,人間学や社会学において,十分な吟味を要することでございましょう.

ああ、ロゴスを崇め奉っているのは悟空さんでしたね。
ではがんばって吟味してくださいませ。

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月22日(日) 12:58記



(489)  (Re:487)
Re: 自然な結論
悟空
2005年05月29日(日) 14時16分

おやおや,ロゴスとは言葉のことですよ.もし,ロゴスがなかったとしたら,あなたは,ここには存在しないでしょう.

あなたは言葉を使わずにキチンと生活できていますか? 



(491)  (Re:489)
Re2: 自然な結論
楊柳(やなぎ)
2005年05月30日(月) 07時31分

悟空さん、こんにちは。

>おやおや,ロゴスとは言葉のことですよ.もし,ロゴスがなかったとしたら,あなたは,ここには存在しないでしょう.

「言葉は永遠不変なモノであり、崇め奉るべきモノである。」というのを妄想してみました。微笑ましいですね。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年5月30日(月) 05:05記



(493)  (Re:491)
Re: 自然な結論
悟空
2005年06月04日(土) 14時21分

逆ですよ.「1」は永遠に「1」ですが,「1・人」の「人」は,必ず,老い,病み,死ぬわけです.そうすると,「1・人」が「0・人」になるわけです.

この世の中には,尊敬に値する「人」はきっといるでしょう.しかし,尊敬に値する「1」というようなシロモノは世の中には見当たりませんね.



(495)  (Re:493)
Re2: 自然な結論
楊柳(やなぎ)
2005年06月04日(土) 18時06分

悟空さん、こんにちは。

よかったですね。
(^^;)

  楊柳(やなぎ)
   [yangliu]   2005年6月4日(土) 17:47記





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